アメリカは「新自由主義」を捨て、
「経済ナショナリズム」へと向かう

 こうなった以上、米国は、新自由主義のイデオロギーを放棄し、安全保障と経済政策を再び一体として考えた新しい経済哲学を樹立しなければならない。そう考えるサリバンの提言は、具体的には、次の通りである。

 第一に、安全保障にとっては、国家債務より過少投資の方がより大きな脅威だと認識すべきである。すでに、安全保障の担当者たちは、インフラ、技術開発、教育など、長期的な競争力を決定する分野への積極的な政府投資の必要性を主張し始めている。

 第二に、強力な産業政策が必要である。

 第三に、貿易協定は何でも良いものだとか、答えを何でも貿易の拡大に求めるような安易な発想を改めるべきだ。例えば、安全保障の担当者たちは、TPPを、その中身を精査することもなく支持するという過ちを犯していた。そもそも、自由貿易が互恵的であるという貿易理論の前提から疑うべきなのだ。

 第四に、「米国の多国籍企業の利益は、米国の利益である」という思い込みも捨てるべきだ。

 第五に、外交の専門家が中心となって経済政策に関与すべき分野もある。例えば、戦略的技術を生み出すテック企業に対する規制がそれに該当する。

 このように論じるサリバンが求めている「新しい経済哲学」とは、「経済ナショナリズム」と呼ばれるものだと言ってよい。

 少し前まで(日本では今でも)、経済ナショナリズムはタブー視された異端思想であった。こんな主張をしたら、エリートたちのコミュニティから爪弾きにされたであろう。ところが、このような経済ナショナリズムを堂々と展開した人物が、大統領補佐官に抜擢されたのである。

 それが何を意味するのか、もはや言うまでもないだろう。

 時代は激しく動き、思想も大きく転換し始めた。米国は、新自由主義を捨て、経済ナショナリズムへと向かおうとしている。

 果たして、日本の政策担当者たちは、この歴史的な変化を感じとれているだろうか。

中野剛志(なかの・たけし)
1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』『日本経済学新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。最新刊は『マンガでわかる 日本経済入門』(講談社)。