時代や環境変化の荒波を乗り越え、永続する強い会社を築くためには、どうすればいいのか? 会社を良くするのも、ダメにするのも、それは経営トップのあり方にかかっている――。
前著『戦略参謀の仕事』で経営トップへの登竜門として参謀役になることを説いた事業再生請負人が、初めて経営トップに向けて書いた骨太の経営論『経営トップの仕事』がダイヤモンド社から発売されました。本連載では、同書の中から抜粋して、そのエッセンスをわかりやすくお届けします。

すべての課題や業務においてPDCAを廻し、舵取りを行う責任者が明確になっているかPhoto: Adobe Stock

小売業では顧客の需要を喚起し、
商品を提案する売り場を整えることが最優先の業務

すべての課題や業務においてPDCAを廻し、舵取りを行う責任者が明確になっているか稲田将人(いなだ・まさと)
株式会社RE-Engineering Partners代表/経営コンサルタント
早稲田大学大学院理工学研究科修了。神戸大学非常勤講師。豊田自動織機製作所より企業派遣で米国コロンビア大学大学院コンピューターサイエンス科にて修士号取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。マッキンゼー退職後は、企業側の依頼にもとづき、大手企業の代表取締役、役員、事業・営業責任者として売上V字回復、収益性強化などの企業改革を行う。これまで経営改革に携わったおもな企業に、アオキインターナショナル(現AOKI HD)、ロック・ フィールド、日本コカ・コーラ、三城(現三城HD)、ワールド、卑弥呼などがある。2008年8月にRE-Engineering Partnersを設立。成長軌道入れのための企業変革を外部スタッフ、役員として請け負う。戦略構築だけにとどまらず、企業が永続的に発展するための社内の習慣づけ、文化づくりを行い、事業の着実な成長軌道入れまでを行えるのが強み。著書に、『戦略参謀』『経営参謀』『戦略参謀の仕事』(以上、ダイヤモンド社)、『PDCA プロフェッショナル』(東洋経済新報社)、『PDCAマネジメント』(日経文庫)がある。

 現実には、本部側が現場に指示を一方的に「丸投げ」している事例は、枚挙にいとまがありません。以前、日本のある大手のGMS(ゼネラルマーチャンダイジングストア)で、卓越した売り場を実現していることで知られる名物店長にお目にかかった時に、次のように話されました。

「私が毎日行う最も重要な仕事は、本部から毎日送られてくる膨大な量の指示メールのタイトルを確認し、一つずつ消していくことです」

 本部からは、どれももっともな指示や伝達事項を現場に発信しているはずですが、その一方で、現場で動かせる手数は限られています。

 小売業では顧客の需要を喚起し、商品を提案する売り場を整えることが最優先の業務です。

 しかしこの会社では、もし「現場」が本部からのすべての指示に律儀に従ってしまうと、売り場づくりや作業にさえ必要な時間が割けなくなってしまう、本部からの指示の一方通行状態になっていたのでしょう。

 チェーン店の運営には、本部からの作業指示、伝達事項の優先順位付けを行うフィルターと整流機能として、店頭での作業負荷を現実的に可能な範囲におさめる役割が必要です。

 おそらくこの本部にはその機能がなく、この店長が自分の判断でその役割を果たし、組織設計の不備を補い、本部からの叱責のリスクを負っていたのです。

 この企業では大手のコンサルティング会社が戦略立案を行っており、その際に組織についても提案が行われていたはずです。

 しかし、この企業の現状の組織運営を前提にした時に、最も重要な「市場との接点」である売り場の最適化に、店の人員を最優先に向けるための組織設計の視点は、残念ながら抜けていたのでしょう。

 私たちも自身の生活習慣において、頭ではわかってはいても「性怠惰」がゆえに、食べすぎたり飲みすぎたりの安易な習慣を続けていることがあります。