「国語教育」が日本人に与えている影響

──多くの場面で小論文を書く力が必要なのにもかかわらず、学校で教わる機会がほとんどないと思います。この状況について、今道さんはどう感じていらっしゃいますか?

今道:それは、私も大きな問題だと思っています。

 私のところには、「就活のエントリーシートの書き方を指導してほしい」という依頼もすごく多いんですね。エントリーシートも1つの小論文です。そう考えると「文章力が必要ない人」はほぼいないはずなのに、学校で教わらない。

 以前、ある高校に講演で呼ばれたときに、その疑問を投げかけたてみたんです。「国語の授業のなかで、小論文指導を取り入れてみてはどうですか?」と。でも、先生方にいろいろ話を聞いてみると、カリキュラムの関係でそこまで時間が取れないと言っていました。

──ほかに教えることがいっぱいありすぎるから?

今道:端的に言えばそういうことです。限られた授業時間のなかで、そこまで手が回らないのが実情なんですね。

──根深い話ですね。ぶっちゃけ、いまの国語の授業では、小論文を書く力はつかないですか?

今道:正直、むずかしいと思います。

 国語の出題でよくあるのは、「筆者の考えとして正しいものを選べ」という、あれです。「筆者の考え」を読み取ることが主目的です。この問題で点数をとるためには、自分の意見は要らないんです。

 だから、「私はこう考えます」「こう思います」と主張することに一向に慣れない。でも、それを問うのが小論文なので、多くの人がつまづくのは、ある意味で必然だと思います。

──「自分の考えを述べなさい」と言われる機会が少ないと、何を話せばいいのかもわからないし、「質問に正しく答えられない」とか「自分勝手に好きなことと語ってしまう」という問題も引き起こされそうですよね。

今道:欧米では、自分の考えを主張したり、権利を訴えたりするのは当たり前ですが、日本では、学校の授業に限らず「自分の考えを述べる」という機会が少ないですよね。たとえば目上の人から「こうやれ」と指示されたことをそのままやるのは、まだまだ当たり前です。「いや、私はこう思います」と言えるような雰囲気や文化が根付いていません。

──でも、「自分の意見を述べる力」は、これからどんどん必要になってきますよね。

今道:まさにそうです。それぞれの国にそれぞれ文化がありますから、すべてを変える必要があるとは思いませんが、日本の国語教育も「筆者の考えを理解する」ということから、「自分の考えを述べる」「自分の意見をきちんと文章にする」という割合を増やしていくほうがよいというのが、小論文指導の現場にいる者としての実感です。(連載終了)

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第1回 この小論文対策本だけ、なぜ異例の大ヒットなのか?
第2回「文章のわかりやすさ」を決める3大要素
第3回「もっと具体的に書け!」と言われなくなる文章の書き方

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