『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』では組織文化の変革方法についてまとめています。組織文化について研究を進める中で、私が注目したのが大阪市立大空小学校。映画『みんなの学校』の題材になったこの学校には、不登校も特別支援学級もなく、みんなが同じ教室で学んでいます。対談初回では開校までの経緯を木村先生に伺いました(詳細は「過去の悪しき文化をすべて否定したらすごい学校が生まれた!」)。中編では子どもたちを相手にどのように大空小学校の「空気」をつくっていったのかを聞きました。(構成/新田匡央)

中竹竜二さんと木村泰子先生(写真右)

中竹竜二さん(以下、中竹):対談の前編では、大空小学校というほかにない学校が生まれるまでの経緯について教えてもらいました(詳細は「過去の悪しき文化をすべて否定したらすごい学校が生まれた!」)。

 私は、大空小学校で木村先生が実践していたルールがとてもいいなと思っていました。たった一つのルール、それは「自分がされて嫌なことはしない、言わない」。世の中には、いろいろなルールがありますが、本当に効くのは自分事化されやすいルールです。言葉の中に「自分がされて」と入っていて、まさにこれはルールづくりの鉄則にかなっていると思いました。

木村泰子先生(以下、木村):これしかないんです。

中竹:映画『みんなの学校』の冒頭で、「この学校は誰がつくるんですか」と木村先生が子どもたちに問いかけると、子どもたちが「みんなです」と言う。「みんなって誰ですか」とさらに問いかけると、「自分です」と言う場面がありました。これさえあれば、ほとんどの組織はうまくいくんじゃないかという原則を、小学校の中で体現しているのがすごいと思いました。

木村:この学校を開校する経緯を知っているのは、私しかいません。最初にみんなが不安になっている状況からゼロベースで学校をつくるときに何を大事にすればいいのか考えても、なかなか思い浮かばなかったんです。

 最初の入学式が終わり、続く始業式に1年生から6年生まで200人弱の子どもたちが講堂に集まってきます。そこでは、当番の先生がマイクで「並びなさい」「気をつけ、前へならえ」と号令をかけている。「まだしゃべっている人が3人います」と脅迫し、やっと静かになったと思ったら、「今から校長先生と朝のあいさつをします。校長先生お願いします」とはじまる。

 私は子どもたちの前へ行って、その先生からマイクをもらったけれど、横に置いて言いました。「なあ、私があいさつするのに、校長先生お願いしますなんて言われてなくても、私は自分であいさつをしに前に来ます」。マイクを持たずに話していたけれど、みんなに聞こえています。びっくりしたみたいですね。教職員も「何という変わった校長や」と驚いていたし、子どもたちも「この人変わっている」と思ったはずです。

 その後、マイクを取って子どもたちに問いかけました。「今日、見ていたら、先生が前に立って、気をつけ、前へならえ、誰やしゃべっているのは、と言われていたけど、1週間に1回この朝会があったとしたら、6年間で何回同じことやるの? 先生の指示通りにあんたらは動く。これが学校でやることか? 自分にとって大事な時間やと思ったら、決められた場所ぐらい自分で勝手に入ってきて、勝手に並んで、自分たちで空気つくれんのと違う?」。そう言ったんですね。

 ここで初めて「空気つくれるのと違う?」と言ったんですよ。そうしたら小さい子が「空気? 空気つくれるの?」と言ったのを覚えています。

「そうやんか。だって学校中のみんなが集まれる時間って、1週間で1回か2回しかないで。あとは教室とか学年とかで分かれてしまうからな。そんなに大事な時間なんだったら、空気つくらなあかんやろ」。それで「もう1回みんな出ていき。音楽がかかったら、勝手に入っておいで。入ってきて音楽が止まったら、みんなで空気つくろう」と。これを1年目の4月の始業式にやりました。

中竹:やろうと思ったんですか、それとも思いついたんですか。

木村:もちろん思いつき。子どもたちが「気をつけ、前へならえ」と言われていることに非常に違和感を覚えたんです。それまでは指示や号令で子どもたちを動かしてきたから、先生は過去の経験値としてそういうことします。

中竹:悪気はないですからね。

木村:もちろんです。子どもたちをいったん体育館の外に放り出したのですが、音楽がかかっても、子どもたちは入ってこれないんです。

 すると、先生は呼びにいこうとしました。でも「ちょっと待って。子どもが勝手にやることを、何であんたはそうやって指示しに行くの」と言ってやめさせました。周りの先生たちも驚いていましたね(笑)。「指導するな」と言われたのだから、ものすごく違和感も持ったでしょう。

 結局、音楽が1曲終わっても、子どもたちは入ってこなかったんです。そうしたら、ある子どもが「まだ? まだ入ったらあかんの?」と言ってきました。

「え? 私、みんなに何て言った? 音楽がかかったら入っておいでと言わんかったか?」と。すると「ああ、入っていいの、勝手に」と。大量の指示待ち人間がつくられていたわけです。

 そこで、もう一度音楽をかけたら、子どもたちが一斉に入ってきたんです。でも、いつも指示号令で動いている子どもたちは、先生の号令がなければ音楽が終わっても静かにならない。結局、20分かかりました。

中竹:静かになるまでに。

木村:はい。20分間、子どもたちはうごめいているわけです。でも、その解き放たれた自由が、今度は不安に変わっていくんです。「先生たちは、なぜこの状況を放っておくの?」「今までだったら怒りに来たのに、怒りに来ないよ」と。

 そうしている間に、体育館の空気がぴたりと止まったんです。その瞬間、私は急いで前へ出て、「すごいね、今、空気が止まったね。みんなも感じたやろう?」と言うと、子どもたちが「うん、うん」と頷いているんです。

 その始業式の日から、大空小学校では大人の指示、号令、命令はただの一度もなくなりました。空気が止まっていなければ、子どもたち自身で「みんな、空気止めよう」と言うんです。

中竹:1回で変わったんですね。

木村:それほど、子どもの感覚に、もっと言えば人間の感覚に、空気は違和感なく密着しているものなんです。中竹さんがおっしゃったように、「空気をつくろう」というのが大空小学校の合言葉になっています。

中竹:いいですね。

木村:「空気をつくろう」と言ったら、空気をつくる主体はその場にいる自分です。大空小学校にはいろいろな子どもがいて、中にはいつも走り回っていないと不安になる子どももいます。そうすると、世間では校長が話をするときに邪魔になるから、だいたい外へ連れ出されてしまうんです。でも、ひとりの子どもが走り回っていても、その子はその子なりに空気をつくっている。その子の存在を受け止めることができれば、他者との違いを対等に認め合える空気が生まれてくる。

中竹:新たな空気ということですね。

木村:その子が走り回っているから、自分が話を聞けないという空気はニセモノです。すべての人間が死なないために存在する空気は、社会に出て、生きて働く力になります。社会にはさまざまな人がいる中で、対等に違いを認め合いながら共生しているわけだから。「空気をつくる」という合言葉は、その場にいるすべての人を当事者にするわけです。

中竹:本当にそうですね。しかも、それを20分待って子どもたちに体感させ、みんなにも「これが空気だよね」と認識させたのはすばらしいですね。

木村:そうしようと思ったのではなく、たまたまそうなったんですよ。

中竹:私も早稲田大学のラグビー蹴球部や日本ラグビーフットボール協会で日本代表の20歳以下の監督をしていたときには、いろいろなチームを見ました。

 U20の選手を集めて合宿したときのことです。全国の学校から選抜されて集まった選手たちは、それぞれのチームで指導を受けているときには、そのチームの監督の言うことが絶対です。

 でも私は、最初に「オレは命令も指導もしないからね。ミーティングでも当てないから、思った人が自分で手を挙げてしゃべってね。オレは沈黙には耐えられるから、待つよ。恥ずかしいかもしれないけど、恥ずかしさなんかそのうちになくなるから、意見がある人が自然に自分の意見を言い合える場にしようよ」という話をしたんです。まさに同じだな、と思いながら木村先生のお話を聞いていました。

木村:中竹さんと一緒のことをやっているんですよね。

(対談後編は2021年4月12日公開予定)