失敗しても持ち続けるもの。それが夢だ
「世界に通用する○○パーソンになりたい」など、特定の業界での夢を否定するつもりはない。本当にどうしてもその業界にこだわりたいのなら、それも大いに結構だ。しかし特定の業界に縛られたものだけでなく、それを超越したレベルでのものも考えてみてほしい。その意味での夢を持とう。どうしても欲しいと思える本音の夢を。
就職活動をする学生に、ある特定の業界しか研究せず、また受けもしないという学生がいる。いろいろ見てみた上で、どうしてもその業界にこだわるという人は別として、そういう学生の多くは、夢を意識しているのではなく、その業界(会社)の内定、あるいはその会社の一員になることを意識しているのではないか。
○○業界の営業は、実は多くの場合「夢」ではないのではないか。多くの場合「どうしてもやりたいこと」でもないのではないか。「やってみたいことの一つ」なのではないか。それをあたかも「どうしてもやりたいこと」のごとく、自分を欺かないでほしい。
現実は厳しい。そういう「本音の夢」を持つことがないままに、悩む苦痛を放棄して、特定の業界に絞り込みすぎた学生の多くは、残念ながらその業界の志望度の高い企業に落ちるだろう。そして必要以上に落胆する。
一生懸命やったからこそ、悔しさもショックも大きいのは分かる。しかし、そこで言いたい。
「ところで夢は何ですか」と。「仕事を通じて実現したいことは何ですか」と。
夢とは、たかがある会社に落ちたごときで、なくなるものではないのだ。
夢とは、それを持ち続ける限り、実現の可能性があるものだ。逆に、すんなり実現できる夢などない。誰もが一度や二度の大きな挫折を経験して実現していくものなのだ。少なくとも、就職活動よりよっぽどハードな戦いが待っている。それを乗り越え続けてこその夢であるはずなのだ。
僕が描くべきだと主張している夢とは、その種のものだ。「○○業界での営業」といったものではないのだ。
たかが就職活動に失敗しようと、あるいは社会に出てから途中で失敗して落ち込もうと、あるいはいつ会社がなくなろうと、それでも変わらず持ち続けるもの──。それが夢だ。
夢は変わり得るもの。夢もきみも成長する
今後、自分が成長するにつれ、あるいは社会が変化したり、社会に対する理解をさらに深めていくにつれ、きみの夢も変わっていく可能性がある。
夢(仕事を通じて実現したいこと)については、じっくり自己分析(我究)をすることで、ほぼ変わらないという人が僕も含めて多いが、目標ややりたいことは、次々と実現し突破する中で、あるいは実現の過程であっても、今後変化していって不思議ではないものである。いったん決めた夢や目標に縛られない柔軟性がほしい。
そもそも、自分も社会も成長していくものなのだから、定期的に自分の本音をチェックしていくことが今後も求められる。
大学3年生で取り組む自己分析(我究)によって確信した夢や目標が、今後の人生において常に変わらず一定のものというわけではないことをまず理解しておいてほしい。もちろん死ぬまで変わらなくてもいいのだが、まず夢や目標ありきではなく、あくまでも「納得のいくレベルで考え、感じた自分の本音が最優先」という考えであってほしいと思う。
あくまでも自分の人生を通じて、実現していきたい生き方や夢を見つけ出すという気持ちで、今回も、また次回も取り組まなければ、いつまでたっても「とりあえず」の呪縛から逃れることはできないだろう。それで何かを達成できるとは思えない。納得できるハッピーな人生を送れるとは僕には思えない。
今、就職活動を機に、「とりあえず」のループから、きみは飛び出すのだ。
(本稿は、『絶対内定2023 自己分析とキャリアデザインの描き方』を抜粋、再構成したものです)