1979年11月5日、首相指名の本会議を前に最終調整の話し合いをする、当時の前首相の福田赳夫(右)と首相の大平正芳1979年11月5日、首相指名の本会議を前に最終調整の話し合いをする、当時の前首相の福田赳夫(右)と首相の大平正芳 Photo:JIJI

 飄々とした語り口ながら吐き出される言葉の数々は当意即妙、卓抜な表現で、いつも時代を見事なまでに切り取っていた。「昭和元禄」「物価狂乱」「人命は地球より重い」――。

 目次を拾い読みするだけで時代と政治の鼓動が伝わってくる。『評伝 福田赳夫』(五百旗頭真・監修、岩波書店)が刊行された。長男の元首相、福田康夫が提供した「福田メモ」を駆使した全680ページの大著。康夫が「事実に基づいて書いてもらいたい」と思いを託した通り、福田赳夫を通して戦後の政治の流れが再確認できる。

 見えてくるのは、大きな政治決断に至るまでのリーダーの葛藤と、政府の最終方針の決定に至る過程だ。今の政治を考える上でも示唆に富む。福田は首相としての在任期間は短かったが、日中平和友好条約の締結をはじめ、今につながる業績を多く残した。ライバルだった元首相の田中角栄については洪水のように書籍が刊行されているのに比して、地味な印象を与える。だが、福田の見識の高さは今なお見るべきものがある。

 その福田は人柄とは正反対の政治家人生を送った。田中との「角福戦争」や元首相、中曽根康弘との中選挙区制時代の旧群馬3区を舞台にした「上州戦争」など、常に権力闘争の渦中に身を置いた。中でも衆院本会議場の首相指名選挙で福田と現職首相の大平正芳が同じ自民党同士で争った1979年の「四十日抗争」は、自民党の派閥抗争の究極の姿でもあった。大平の背後には常に田中の存在があった。この決選投票で大平が福田を制して続投した。