家族経営の温泉旅館の多くは、団塊の世代の2代目社長が高齢となり、事業承継の課題を抱えている。経営の先行きが不透明な中、自分の子どもに後を継がせるのが難しい。ならば思い切って売ってしまおう――そう考え、物件を市場に放出する経営者が多いのだ。

 このエリアの温泉旅館の売却価格は3億~4億円ぐらいが相場だ。そして「1日でも早く売却を済ませたい」という向きも多く、すぐに売買契約を結べるなら1~2割のディスカウントものむというケースがあるという。

 今は新型コロナウイルスの感染拡大によって日本への渡航ができないため、問い合わせがあっても成約に至るケースはまだ少数。だが、渡航が再開すれば中国などの海外投資家が大挙して温泉旅館市場に参入することは間違いないと、辻所長は指摘する。

 筆者は実際に日本に移住して「温泉を買った」という中国人に話を聞いた。

「温泉が最高過ぎて、日本に移住した」。こう話すのは、郭宇さん。中国のハイテク企業、バイトダンスでエンジニアとして働いていたが、2020年春に28歳の若さで「超アーリーリタイア」し、日本に移住した。郭さんが購入したのは西伊豆の土地。旅館ではないが、ここに温泉付きの自宅を建てる予定である。