日本史を「すごい」と「やばい」で見るとよくわかる理由【東大教授が教える】

歴史上の人物の「すごい」功績と「やばい」人間臭さを対比させた『東大教授がおしえる やばい日本史』シリーズが、59万部を超える大ベストセラーとなっている(2021年7月時点)。
新刊『東大教授がおしえる さらに!やばい日本史』は外交がテーマ。中国、アメリカ、ヨーロッパをはじめとした世界と日本の関係の歴史を、「すごくてやばい」人物を軸に振り返った、爆笑必至の内容だ。
「こんなにおもしろい日本史、読んだことがない!」と、小学生から90代まで幅広い層に愛読されている本シリーズには、読んだ人が歴史好きになる工夫も施されている。
偉人たちの「すごい」と「やばい」にこだわった、いまだかついてない爆笑日本史本はどのようにつくられたのか? 前回に続いて監修者の東京大学史料編纂所教授の本郷和人氏に話を聞いた。(取材・構成/樺山美夏、撮影/疋田千里)

人物の魅力がわかれば、歴史はもっと身近になる

―― 『やばい日本史』『さらに!やばい日本史』は、笑わずには読めないほどエンターテインメント性が高いです。歴史学者の先生が監修した本でここまで遊んでしまうのは、ある意味、チャレンジだったと思います。最初に依頼があったとき抵抗はまったくなかったですか?

本郷和人先生(以下、本郷) 全然なかったですね。「すごいとやばい? おもしろい!」と思って引き受けました。実際にできあがってみたら、いままで見たことのないおもしろさで、さらにびっくりしました。

 登場人物を描き下ろした和田ラヂヲ先生のイラストは、ユーモアのセンスがお見事としか言いようがなくて、芸術作品のレベルです。僕は、時代考証的な役割を担ったので、間違っているところがあれば編集者に伝えましたけど。横山先生の「ヤンキーマンガ風」のマンガ解説もひねりが効いていて、よくできてるんですよ。

日本史を「すごい」と「やばい」で見るとよくわかる理由【東大教授が教える】ヤンキーマンガ風、ペリー来航

―― 登場する歴史上の人物は、良くも悪くも個性的で、驚きと笑いの連続でした。歴史ドラマや歴史小説で描かれる英雄や偉人って、美化され過ぎているんじゃないかと思いました。

本郷 物語の展開として、どうしても感動のクライマックスが必要だったりしますからね。でも、どんなに偉くて歴史に名を残した人でも、自分たちと同じように情けなくてみっともないところもある人間なわけですから。超人やスーパースターだけが歴史をつくるわけじゃないんですよ。このシリーズを読むとそれがよくわかるから、多くの人が共感してくださっているんでしょうね。

 僕は他にもいろんな歴史の本を書いているんです。でも、なかなか売れない。マンガを入れてみたり、ビジュアルに訴えてみたこともありました。それでも簡単に売れるわけじゃない。でも、このシリーズはびっくりするほど売れたので、「すごい」面だけじゃなく「やばい」面もクローズアップするアイデアを生み出した執筆者の滝乃みわこさんはさすがです。

―― 子どもから高齢者まで、幅広い読者層から感想が寄せられているそうですね。その反響の多さも、この本が万人受けすることを物語っています。

本郷 小学生が一番多いんですけど、20~30代も40~50代も結構いらっしゃるし、90代の方もいます。子どもは、「やっぱり織田信長がおもしろかった」とか、「誰々がこんなにおもしろい人だとは思わなかった」といった素直な感想が目立つんですけど、「この情報は知らなかった」とピンポイントに書いてくる歴史オタクの片鱗を感じさせる子もいます。

 大人の読者はがきは、大きくわけると2パターンあります。自分が知っていること以外で、何が書かれているかチェックする歴史好きなタイプと、取り上げた人物に自分の人生を重ねて、感慨を抱きながら読んでくださっているタイプです。

 意外なのは80代、90代でも、「学び直しのために買いました」と書いてくださる方の多いことです。歴史を知らないことは、大人になってもずっと引っかかっているものなんだなと思いましたね。全体的に、ちゃんと読んでくださってる人が多いと感じます。本書のように人物像に焦点を当てた切り口だと、より多くの人に歴史のおもしろさをお届けできるんだなと実感しました。

―― 『さらに!やばい日本史』の人選はどういう基準で選ばれたんでしょうか。

本郷 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康をはじめとした、みんなが知ってる有名な歴史上の人物は、前作の『やばい日本史』でほぼ取り上げたんです。そこでさらに発展形として、「まだこんなにおもしろい人がいたんだ!」と驚いてもらえるような人物を厳選しました。『さらに! やばい日本史』の制作チームとしてはすごく自信を持ってつくったので、これを皆さんがどういうふうに受け止めてくれるか興味津々ですね。

修業時代があったから日本史のおもしろさを伝えられた

――続編のテーマを「外交」にしたのは?

本郷 執筆者の滝乃みわこさんや、編集担当の金井さんたちとも相談して、『やばい日本史』のただの続編にするのはおもしろくないと考えたからです。そこで、最近は子どもにグローバルな人材に育ってほしい親御さんが増えているので、日本と世界の関係を振り返る内容がいいんじゃないかと。

 じつは日本の歴史は、海外に対して開いたり閉じたりを繰り返しているんです。それを時代ごとの区切りとして、「外交の歴史」を横軸に本をつくっていきました。

 そのようにテーマを掲げて人選した点が、『やばい日本史』『さらに!やばい日本史』の大きな違いです。ただ、和田ラヂヲ先生の独特のイラストは健在で、マンガページ担当の横山先生には、外交史を抑えつつ、時代背景がわかる解説マンガを描いていただきました。とてもわかりやすく描いてくださるので、毎回、読むのが楽しみでしたね。マンガの力は絶大です。

―― おもしろくて楽しければ、自然と興味を持つものですよね。前回のインタビューでも先生は、子どもの頃から歴史が好きで楽しく学んでいたとおっしゃっていました。お仕事として歴史の研究をはじめたのはいつ頃からでしょうか?

本郷 日本史という学問の修業期間が20歳から28歳まで。仕事として取り組みはじめたのは29歳からです。僕が最初に好きになった仏教芸術の美しさとか、『やばい日本史』で焦点をあてた歴史上の人物のすごさとか、そういうことは日本史の学問では追求できませんでした。一人一人の人間がすごいとか言ってる場合じゃないし、この仏像は美しいなって感動してる場合じゃないんですよ。

 それよりも科学的に研究して、自分の感情で物を言わない修行をしていたようなものなので、28歳までの8年間は非常につらかったですね。

―― 修業であり修行だったんですね。どういうお仕事をされていたんですか?

本郷 史料を集め、読み、編纂(へんさん)する。要するに、膨大な史料と向き合って分析する。歴史学に英雄は要らないんです。信長も秀吉もただの1人の人間だから、彼らがどうしたこうしたっていうのは、まったく関係ない。そういう学問なんですね。

自分も偉人たちと同じ土俵の上に立っている

―― 歴史エンターテイメントとも言える「やばい」シリーズとは、完全に真逆の世界ですね。

本郷 本当に真逆です。でも、8年間の修行時代は、歴史を自分の仕事として確立するために必ず通らなければいけない道なんです。料理人を目指す人は皿洗いからはじめるでしょ? 一流の料理人になるために覚えるべきことはたくさんありますけど、それよりも何よりも下準備、下ごしらえが大事。それと同じですよ。

 そうした修行を積んで、基本的な知識を自分のものにした後に、改めて僕は歴史のおもしろさに回帰していったわけです。だから信長や秀吉の本当の魅力、おもしろさについて堂々と言えるようになったのは、40代になってから。修業も終えないうちにそんなこと話したら、若造が何言ってるんだ! って怒られちゃうから。

―― そういう視点でこのシリーズを読むと、また違った見方ができそうです。続編の登場人物の「やばい」真実も、前作に続いて知らないことばかりで、すごいことをやってのける人間って、やばさも半端ないなぁと思いました。

本郷 武道でも同じですけど、名人は特別変わっているわけではないんですよ。普通にしている人の中に名人がいるし、本物の人間はすごく静かなたたずまいをしています。この本に出てくるのはそういう人たちです。

「やばい」ところも、言ってみれば普通の人でもわかるお約束のボケなんです。人間味の部分で、「ああ、これなら分かる分かる」って共感できる人たち。まったく共感できない「キワモノ」というのは、この本には1人も出てきません。この違いは大きいですよ。だから、『やばい日本史』シリーズは、キワモノを取り上げているわけではないと、声を大にして言いたいですね。どんなにおもしろい内容でもそこが重要で、みんな本物なんです。

―― おっしゃることわかります。たとえば、少年スパイ団をつくって自分の悪口をチクらせた平清盛とか、島流しにあった後醍醐天皇が、イカ漁船に乗って大漁のイカの中でヌルヌルになって脱走した話とか。

日本史を「すごい」と「やばい」で見るとよくわかる理由【東大教授が教える】『さらに!やばい日本史』52ページより。

本郷 僕たちの斜め上でもなく、「ああ、そうだよな、そういうときもあるよな」、「ずっと英雄でいられねえよな」って思える人たちですよね。偉人のやばいネタだけを集めた本も他にあります。あるんですけど、そういう本って、結局その人の何がすごかったのかが、ちゃんと書かれてないんですね。だからこの本は、「やばい」と「すごい」じゃなくて、「すごい」と「やばい」なんです。この順序には、担当編集の金井さんもすごくこだわってました。

「すごい」ところは、僕たちには真似できないところが多いでしょうけど、「やばい」ところだったら「勝てるかも?」って思える部分もあるかもしれない。だから、読者のみなさんには、歴史に名を残す人間は自分とは違うと決めつけずに、同じ人間、同じ日本人として、同じ土俵に立ったつもりで読んでほしいですね。

「すごい」と「やばい」を自分と比較しながら、「俺がもしこいつと相撲を取ったら10回に8回負けても2回ぐらいは勝てるかもしれないな」とか、そんな感じで読むとおもしろいと思います。

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日本史を「すごい」と「やばい」で見るとよくわかる理由【東大教授が教える】

本郷和人(ほんごう・かずと)
東京大学史料編纂所教授

東京大学・同大学院で石井進氏・五味文彦氏に師事し日本中世史を学ぶ。NHK大河ドラマ『平清盛』など、ドラマ、アニメ、漫画の時代考証にも携わっている。おもな著書に『新・中世王権論』『日本史のツボ』(ともに文藝春秋)、『戦いの日本史』(KADOKAWA)、『戦国武将の明暗』(新潮社)など。

日本史を「すごい」と「やばい」で見るとよくわかる理由【東大教授が教える】