逃亡中、薬品で顔を焼いた高野長英のギリギリのやばさ
―― 他に、先生の「推し」はいますか?
本郷 この本に入れるかどうするかギリギリまで迷って、結局入れることにしたのは高野長英ですね。編集の金井さんに、「高野長英の人生はものすごくキツいけど大丈夫?」って相談したほどで、本当に大変な人なんです。
「やばい」エピソードには、「うんこしたい」とウソついて脱走した桂小五郎みたいに、笑えるエピソードが多いんですけど、高野長英はまったく笑えないんですよ。シーボルトの弟子として医学と蘭学を究めたすごい人なんですけど、幕府を批判したため終身刑を言い渡されて牢屋に入れられたんです。
けれども牢屋で囚人のボスになって、雑用係の男にわざと放火させて脱獄に成功して。逃亡中は、身を隠すために自分の顔に硫酸や塩酸をかけて焼いちゃうんです。でも、そのまま偽名で町医者をしていたときに、幕府の役人に見つかってボコボコにされて死んでしまう。そんな悲惨な人生を送った高野長英ですが、外交をテーマに人選する本書には外せない人物なので、表現に配慮をしつつ入れました。
実は森鷗外もやばかった
―― それに比べると、森鷗外の「やばい」エピソードなんてショボいですね。12歳で東大医学部に入学して医師となり、ドイツ留学のあと発表した小説『舞姫』で作家の地位も得たスーパーエリートなのに、ライバルの医学者・北里柴三郎を蹴落とすために匿名でフェイクニュースを新聞に書いたなんて。森鷗外にもそんな嫉妬深い一面があったんだと笑ってしまいました。
本郷 森鴎外は、その手の話がよく出てくるんですよ。エリート中のエリートですけど、軍医総監だったから。軍医総監って中将なんです。つまり上に大将も元帥もいるわけ。だから、俺は軍人になったほうがよかったとか、そういう愚痴をよくこぼしていたらしくて。自分が1番にならないと気がすまない人なんですよね。
彼の遺言には、「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」と書いてあり、墓石には遺言通り「森林太郎墓」とだけ刻まれています。これは、死ぬときは肩書を全部外して石見(島根県)の人・森林太郎として死にたいっていう、美談になっていますが……。実は、陸軍の大ボス・山縣有朋に仕えて頑張ったのに男爵にしてくれなかった、肩書きなんてもういらないと、へそを曲げていたという話があるんです。
森鴎外は、カッコいい人でいてほしいと思っている人が多いと思うから、夢を壊すようなガッカリする話はしたくないんですけど。『舞姫』に出てくるエリスのモデルとなった女性も、森鷗外を追いかけて日本まで来たのに、弟や義弟から帰るように説得させて追い返しちゃったんですよ。ひどい話ですよね。
―― 生々しい話ですね。良くも悪くも強烈な個性や才能を持った人たちが、日本の歴史を創ってきたんだなと思います。この本に出てくる人たちが、いまの日本に生きていたらどうするか聞いてみたいです。
本郷 でも、300万人も犠牲にした太平洋戦争をやった国ですからね。そういう歴史を考えると、むしろ一般の人がSNSとかで言いたいことを言えるようになったいまのほうが正しくて当たり前だと思いますよ。
歴史を知ると、相対的に物事を見ることができるし、いまの問題が別にいまだけの問題じゃないっていうこともわかってくる。結局すべてがつながっているわけですから。歴史上の人物がどうやって未来を切り拓いてきたのか知ることが、これからの未来へのヒントにもなるはずです。
【大好評連載!】
第1回 【東大教授が教える】「歴史好きな自分」をつくった児童書ベスト4
第2回 日本史を「すごい」と「やばい」で見るとよくわかる理由【東大教授が教える】
第3回 東大教授が教える日本の「やばい」偉人ベスト3
本郷和人(ほんごう・かずと)
東京大学史料編纂所教授
東京大学・同大学院で石井進氏・五味文彦氏に師事し日本中世史を学ぶ。NHK大河ドラマ『平清盛』など、ドラマ、アニメ、漫画の時代考証にも携わっている。おもな著書に『新・中世王権論』『日本史のツボ』(ともに文藝春秋)、『戦いの日本史』(KADOKAWA)、『戦国武将の明暗』(新潮社)など。