「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした『武器としての組織心理学』が発売された。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授だ。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした本書。では、職場のネガティブな感情を緩和して、チームワークを高めるにはどうすればいいのだろうか。著者インタビュー4回目となる今回は、部下との信頼関係を構築しているリーダーがやっていることについて話を伺った(取材・構成/樺山美夏)

人を動かすリーダーのための最高の知恵Photo: Adobe Stock

上下の信頼関係はあっという間に崩壊する

―― 『武器としての組織心理学』の前半では、組織やチームのネガティブな人間関係をポジティブに変える方法論を学びました。ところが後半に「信頼関係はあっという間に崩壊する」とあり、上下関係の難しさにため息が出ました。部下が上司に怨念を抱く話とか、怖すぎますね。

山浦一保さん(以下、山浦) そうなんです。上下関係の恨みは怖いですよ(笑)。にも書きましたけど、20代から60代の働く男女を対象にインターネットで調査を行って、上司または部下との信頼関係がどのように変化したか回答してもらったデータがあります。

 その結果、信頼関係が崩壊した人は、「ある日(の出来事)を境に関係性が急激に悪化した」と答えた方が半数以上いました。

 さらに多くの場合、一緒に年間の仕事をひと通りやり終えて、お互いの人となりもわかってきた頃に、信頼関係が崩れる出来事が起きているんですね。その出来事は、たとえば「裏で批判めいたことを人づてに聞いた」というものがあります。

 これは「ウィンザー効果」のネガティブ版で、面と向かって批判されるよりも、第三者を通じて悪口を聞く方が、インパクトが強くなるので要注意です。

 なぜなら、自分は言ったつもりがないことでも、第三者が上乗せをした辛辣な言葉で批判する可能性があるからです。しかも本人は、直接話した本人ではなく、第三者の言葉を信じてしまうので。

―― 仕事ができるかできないかで区別することも部下の反感を買う、という調査結果も出ていますね。ただ、私の知り合いに、「仕事をやってもらわないと困るから、部下の前では別人格になる」という人がいます。やはりリーダーになると“リーダー然”とする意識が働くのか、厳しいことも言わなきゃいけないと思うようです。

山浦 私はそれについて直接調べたことはないのですが、優秀なサブリーダーがいると蹴落としたくなるリーダーの心が作動し始めるという研究はあります。そういうリーダーがいると、後継者が育ちにくい組織になります。

 ただ、それはリーダーに問題があるというより、リーダー自身が相談できる人がいなくて孤立してしまう仕組みがよくないと思うんです。

 やっぱり、部下が何人もいて問題を自分ですべて抱え込んでしまうと、視野が狭くなり、リーダー自身もネガティブになりがちです。リーダーが明るければ、虫が光に集まるように人も寄ってきますが、いつも機嫌が悪くてムスッとした暗いリーダーには、誰も近づきたくないですよね。そうならないためには、リーダー同士の横の繋がりも必要だと思います。

―― もしも、部下との信頼関係が崩れてしまったら、信用を取り戻すためにすぐできることはなんでしょうか。

山浦 部下の「2人に1人」は上司に対する不満を抱えていて、年々その割合は増えていることもデータでわかっています。しかもその大多数は、不満があっても我慢するか、仲間と愚痴を言い合っているだけ。上司に対する負の感情は、多くの部下が隠しているのです。

 ですからまずは、隠れた不満を吸い上げるためにも、上司と部下の1対1で話したほうがいいと思います。そのときも、指示命令や要求として、無理矢理言いたいことを言わせるのではなく、「今悩んでいることがあれば遠慮なく相談してもらえると助かるんだよね」と、寄り添うコミュニケーションを心がけたほうがいいですね。

 部下が話してくれたことを否定したり非難すると、ますます険悪な関係になるので、そこも注意が必要です。信頼関係が崩れるほどの事態であれば、必要に応じて「ごめんなさい、すまんかった」というひと言もアリかもしれません。

 職場という運命共同体の者どうし、腹を割った対応で信頼関係がそれ以上崩れることはないのではないかと思います(そう信じたい、という期待でもあります)。

部下の不平不満を有益化する

―― 上司の指示が効果的だったかどうか、部下からフォードバックを受けると、不平不満も有益化できるという研究も興味深かったです。

山浦 部下のフィードバックを受けると、リーダーとしてやるべきこと、やらなくていいことを棚卸しできます。リーダーももともと部下だったわけですから、昔の自分を思い出して振り返る機会にもなりますよね。定期的に、部下と双方向的な話し合いの場を持つと、問題にも早く気づけるはずです。

 上司に対して不満を感じるのは、部下の主体性によるものが多いんですね。「なんでこうなんだろう」「もう少しこうしてくれたらいいのに」と思うのは、不満の裏にあるポジティブな気持ちからです。

 つまり、問題を改善できればもっとうまくできるはずなのに……という期待があるので、上司がその期待に応えるよう対処すれば、部下のパフォーマンスも上がるでしょう。

 人の心を知ることは、自分の心を知ることでもあります。マニュアルやノウハウだけでは伝わらない、心のマネジメントをどうするかが、今の時代ますます重要視されるようになっています。

 リーダーが独断を避けて、部下と一緒に相談しながら決めていくような、オープンな関係性が良い結果につながることもわかっています。「z世代はよくわからない」と言う人もいますが、わからないからといって分断するのではなく、お互い理解し合う努力をあきらめないこと。リーダーがそこをあきらめたら組織は終わりますから。

―― 本書の後半にも、物事を限定的に考える「収束的思考」より、自由にアイデアを出す「発散的思考」ができるほうが、相手に対する信頼度が高まる研究結果が出てきます。オープンな職場にするためには、まずリーダーが自己開示したほうがいいわけですね。

山浦 そう思います。リーダーが何を考えているかわからないと勘繰って、推測がはじまった瞬間から、部下は大抵よからぬことを考えてしまいますから。その状態を放置したまま、部下とのコミュニケーションを面倒くさがると、そこで関係は終わってしまいます。

 私がお世話になった先生が、「リーダーはよき演技者でなければいけない」とおっしゃっていたんですね。最初その言葉を聞いたときは違和感があって、「なんで本音で話しちゃいけないの? そんなのおかしい」と思っていました。

 でも今は、「やっぱり先生が言った通りかもしれない」と考えが変わってきましたね。

 といっても、まったくの別人として演技するという意味ではありません。部下をほめるとき、その良さを感じたならば、その高揚感が“盛った”状態になるはずです。そして、言うべきことがあれば、あえて厳しく言うこともある。基軸、倫理観をぶらすことなく、相手にとってわかりやすく演技することは大事だと、多少なりとも経験を積み重ねながら私自身も腹落ちしてきています。

―― 本書を読んで、人間の本性から目を背けないほうが、相互理解しやすいのだとよくわかりました。

山浦 ネガティブな感情って、人間が生きていくために必要で、もともと備わっている機能なんです。妬みや嫉妬や憎しみが原動力となって成長する人もいれば、相手に嫌われないために対処しながら、良好な関係を築く人もいます。愛と憎しみは表裏一体というように、ネガティブな感情も有効活用できることもあります。ですから、怖いもの見たさで本書を読んでいただいて、職場の人間関係づくりに役立ててほしいですね。

山浦一保(やまうら・かずほ)
立命館大学スポーツ健康科学部教授
専門は、産業・組織心理学、社会心理学。企業やスポーツチームにおける「リーダーシップ」と「人間関係構築」に関する心理学研究に従事。福知山線脱線事故直後のJR西日本や、経営破綻直後のJALをはじめ、これまでに数多くの組織調査を現場で実施。個人がいきいきと働きながら組織が成果を上げるために、上司と部下はどのような関係を構築すればよいのか、理論と現場調査の両面から解明を試み続ける。

【大好評連載】
第1回 「リーダーに向いている人とそうでない人」の決定的差
第2回 「敵意と憧れ」2つの感情は表裏一体である驚きの真実
第3回 「雑談が消えた職場」が抱えるヤバい集団心理

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