米国の物価は年初からの国際商品市況の高騰によって、一時的に押し上げられている面が小さくない。その影響は2022年初めには、そこに、テーパリング(量的緩和の縮小)開始が重なりそうだ。テーパリングによる買い入れ額減少の影響が大きい物価連動国債の利回り(実質金利)が過度に上昇するリスクがある。その場合、商品市況下落、ドル高、株価下落といった市場の混乱が起きかねないことに注意が必要である。(SMBC日興証券 チーフ為替・外債ストラテジスト 野地 慎)
足元の物価上昇は一時的だが
テーパリングは年内開始
8月の米CPI(消費者物価指数)はおおむね市場予想に沿った水準となったが、エネルギーと食料品を除くコアCPIが市場予想を若干下回り、米国債券市場では長期金利が低下した。
詳細を調べてみると、8月は航空運賃が前月比9.1%低下し、ホテル宿泊費とレンタカー料金も下がっている。リベンジ消費に供給制約などが加わり、5~7月には輸送サービス価格が前年比で大幅に上昇するような状況であったが、デルタ株の感染拡大も手伝い、これらのカテゴリーの物価上昇の伸びも落ち着いた模様だ。
他方で財価格が引き続き高い伸びを示している点に鑑みれば、「前年比ベース」の物価の高い伸びはまだまだ続きそうだ。前年のコロナ禍で原油や銅などの資源価格は大幅に下落したが、景気拡大期待から今年は資源価格が大きく上昇しており、前年同月と比べた財の価格は21年春から高率の上昇が続いている。
ただ、原油先物価格や銅先物価格が2021年2月から3月にかけて足元と同水準まで上昇していたことを考えれば、22年2月くらいからは「前年比」の資源価格、ひいては財価格の伸びが相当に抑えられる公算が高く、CPIそのものの伸び率もかなり小さなものとなりそうだ。
物価の高い上昇率がこのような「前年比効果」等によるもので、一時的であるとの見解はFRB(米連邦準備制度理事会)の多くのメンバーに支持されており、急いで利上げを行う必要がないとのスタンスにつながっている。
他方、テーパリング(債券買い入れ額の縮小、量的緩和縮小)については年内スタートがほぼコンセンサスとなった模様だ。株価や住宅価格の上昇傾向が続くなか、FRBのタカ派メンバーは早くからテーパリング早期開始を訴えてきた。
経済正常化と雇用回復が進むなか、8月のジャクソンホール会合でパウエルFRB議長もテーパリングの年内開始を認めており、早ければ11月のFOMC(米連邦公開市場委員会)でその決定がなされることになりそうだ。
テーパリングによって徐々にFRBの債券買い入れ額が縮小する一方、利上げを急がないとのFRBのスタンスが浸透することで、米国長期金利は大幅な上昇に見舞われることもなく、安定的に推移しているが、ただ、テーパリング開始後に米国債券市場に波乱が生じる可能性も意識され始めている。