『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のテーマは、コロナ危機でも生まれ変われなかった欧米指導層の欺瞞(ぎまん)です。中国脅威論とインフレ危機を誇張することで、西側諸国は気候変動対策をはじめとする変革の好機を逸したと筆者は批判します。
パンデミックの陰鬱(いんうつ)な雲間から差し込む一条の陽光は、西側諸国に軌道修正の機会を与えるものだった。2020年を通じて、その希望は輝き続けた。欧州連合(EU)は財政面での同盟を真剣に考えざるを得なくなった。ドナルド・トランプ(当時米大統領)をホワイトハウスから追い出すためにも有効だった。
さらには、グローバル規模の「グリーンニューディール」が突然、奇想天外なアイデアではなくなった。ところが、2021年になると、その光は厚いカーテンの背後に隠されてしまった。
欧州中央銀行(ECB)は11月、金融安定報告書の中で苦悩に満ちた警告を発した。すなわち、欧州は今、債務増大を原動力とする自己永続的な不動産バブルに直面している、というのだ。この報告が注目すべきなのは、ECBは、そのバブルの原因を引き起こしている張本人を知っているからだ。つまりECB自身が量的緩和政策(QE)によって引き起こしたバブルなのである。
QEとは「ECBが金融機関の代わりにカネを創造する」ということの上品な言い換えである。この警告はいわば、患者の主治医が、自分が処方した薬のせいで患者は命を落とすかもしれないと言っているに等しい。
だが、最も憂慮すべき点は、これがECBの過失ではないということだ。QE継続の表向きの口実は、金利がマイナスにまで下がってしまった以上、欧州に迫るデフレの脅威に対抗する手段がQE以外にはない、というものだった。しかし、QEの隠れた目的は、大規模な赤字企業の、そしてそれ以上に、主要なユーロ加盟国(イタリアなど)の持続不可能な債務の返済を先送りすることだった。
欧州の政治指導者たちとしては、10年前のユーロ危機の初期に大規模で持続不可能な債務について現実を直視しないという方針を決めた以上、この火中のクリをECBに拾わせるしかなかった。ECBはそれ以来、「一貫した破綻の隠蔽」と評するのがふさわしい戦略をとり続けてきた。
パンデミックが始まった数週間後、エマニュエル・マクロン仏大統領の他、8人のユーロ圏政府首脳は、適切なユーロ債による債務の再構築を提唱した。要するに、パンデミック対策のために新しい債務が必要とされる以上、(ECBの支援なしに)加盟国個別では増大する負担を支えきれないから、そのかなりの部分を、EUという債務を背負っていないガッシリした双肩に委ねてしまおう、という提案である。これは政治的な同盟の構築と、汎欧州規模の投資拡大に向けた最初の一歩になるだけでなく、いつまでも返済不可能なEU加盟国の膨大な債務の繰り延べからECBを解放してくれるはずだった。
悲しいかな、そうは問屋が卸さなかった。