『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』では、組織文化の変革方法についてまとめました。本連載では組織文化に造詣の深いキーパーソンと中竹竜二さんが対談。ともに学び合うオンライングループ「ウィニングカルチャーラボ」で実施したイベントの内容をまとめました。今回のゲストは、Jリーグ常任理事であり、世界のスポーツ関係者が視察に訪れる育成メソッドを持つサッカーのスペインリーグ「ビジャレアル」で指導者を務める佐伯夕利子さん。指導者としてどのようにメンバーと向き合い、組織文化を刷新していくのか聞きました。(聞き手/中竹竜二、構成/添田愛沙)

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「問いかけ続ける力とは?」
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中竹竜二が伝授! 指導者にとって大切なのは「Doing」より「Being」『ウィニングカルチャー』著者の中竹竜二さん(左)とJリーグ理事の佐伯夕利子さん(右)

中竹竜二さん(以下、中竹) 今回は、Jリーグ常任理事の佐伯夕利子さんをお招きしています。最初に佐伯さんたち指導者が受けた、ビジャレアルCF(スペインのサッカークラブチーム)の指導改革について教えていただけますか。

佐伯夕利子さん(以下、佐伯) ビジャレアルCFでは、2014年から大がかりな指導改革に取り組んでいます。それまでは封建的な組織を形成することによって統率・管理してきたチームの導き方を民主化することで、選手がよりよい学びを受けられる環境を提供しよう、という指導者の改革を実践してきました。

中竹 いわゆる「トップダウン型」から「ボトムアップ型」への変化と似ているのかもしれませんね。指導者の権限が奪われていくことに対する抵抗はありませんでしたか。

佐伯 チームには120人くらいの指導者がいるんですが、最初は、「自分たちのこれまでの指導が否定された」と捉える人が多かったですね。メンタルコーチチームの指導者改革に対して、私たち指導者は「ハレーションを起こす抵抗勢力」「お利口さんグループ」「おもしろいことをやっているから乗っかっておこうと考えるグループ」の3つに分かれました。私は3つ目でしたね。

中竹 抵抗勢力の人たちが感じた恐れは何だったのでしょう。

佐伯 サッカー界の指導者って、誤解を怖れずにひと言で表現すると、キャラクターの濃い、我の強い人が多いんです。ほかの人から意見される経験がないまま、何年も指導者を続けてきている人が多い。だから、そこに口を出されると一見、強がってはいるんだけれど、本当は自分たちの統制が崩されるような恐怖があったんだと思います。

 10人のメンタルコーチが私たち指導者にアプローチをしてくれたんですが、彼らは否定やジャッジを絶対にせず、とにかく私たちを問い攻めにするんです。私たちは問われ続けて、答え続けていく。最終的に、自分で本当は気づいていたのに見ないふりしてきたことが、自分の口から引き出されるんです。

中竹 佐伯さんたち指導者は、メンタルコーチチームの意図や作戦を感じることがありましたか。

佐伯 彼らは、人が自分で得た気づきから学ぶことが一番永続的であるという信念を持っていました。だからこそ、私たち指導者たちの足りない部分を指摘するよりも、問い続けることによって自分で気づいてもらおう、自分の学びにしてもらおうという根気強さがありました。それから、彼らには愛情もありました。

中竹 愛情を感じたのはどんな場面ですか。

佐伯 徹底的に付き合ってくれる姿勢がまず一つ。一度、私が「これまで私が指導者としてやってきた20年は何だったんだろう」と言ったことがあったんです。すると彼らは「みんなすばらしい指導者だけど、今までは一つのやり方しか知らなかっただけだ。僕たちは、やり方がほかにもあるということを知ってほしいだけなんだ」と言ってくれたんです。

 こう言われたこともありました。「あなたたちに教えてもらったこと」という表現を私がしたら「それだけの学びを得たことは、あなたにその素質があったからだ」と。

中竹 すべてをギブ(give)する強さがありますね。指導者はつい、選手の成長や勝利が「自分のおかげでもある」と言いがちなんですけど。そういう、常に利他的であり、ギブする精神は、どうやって養われるんでしょうか。

佐伯 「ギブ・アンド・テイク」って取り引きですよね。それに対して、「ギブ・ギブ・ギブ」は、自分ではなく、相手の幸福にコミットすることだと思います。

中竹 私が尊敬している一橋大学大学院教授の楠木建さんが監訳した『GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』(アダム・グラント著)でも、人間にはgiver(ギバー)とtaker(テイカー)がいて、giverの方が成果も上げられるし、幸福度も高いという研究結果を紹介していました。

 メンタルコーチも、利他的であることが、最終的に自分の幸せや成長につながっていることを知っているのでしょうね。

 コーチには、「Doing(やり方)」と言われるスキルや知識も必要です。ただ信頼関係を築いていくには、「Being(あり方や姿勢)」の方が大事だと最近は言われます。それが学習者にとって重要な要素である、と。

 我々指導者は、つい「どうやって教えよう」とか「何をしよう」という思考に走りがちです。でも、もっと重要なのは自分がどうあるか、幸せなのかというあり方だと改めて思いました。

佐伯 そうですね。私は長年、優秀な指導者の定義を勘違いしていました。自分の知識や情報、サッカーを見る目を積み上げていくことで勝負していたんです。けれど、本当に優秀な指導者というのは、選手がどれだけ学ぶかで測られるものだという考え方に変わりました。

中竹 物事の定義の捉え方を変えていくことが人間の成長であると言われますね。私も初めて監督になった時、いい指導者とはどんな指導者なのかと考えました。

 指導をしていると選手は育っていくのですが、すぐには分からない学びもあります。でも、例えば今、以前教えていた選手たちが卒業して10年経ち、自分も指導者という立場になって、「中竹さん、あの時教えてくれた大事なことが、今ようやく分かりました」と言われたりします。最初は、これがいい指導者の一つだと思ったんです。

 次は、むしろ、教え子たちが私の存在を一切思い出さずに自立して突き進んでいく方がもっといい指導者かもしれない、と思うようになりました。

 そして最後には、現場で嫌われたり恨まれたりするような指導だったとしても、教え子たちがそれを乗り越えて変わっていくんだったら、その方がいい指導者なんじゃないかという考えに行き着きました。

佐伯 監督って恨まれるんですよね。

 指導者の評価基準はあいまいです。クラブの経営者から見たら、スコアや順位、タイトルといった目に見える成果がその指導者の評価を表すのかもしれません。でも、選手から見ると、自分をたくさん使ってくれた監督が良い指導者だったという評価になるのかもしれない。同じ指導者仲間からは、まったく違う価値観で評価が行われるかもしれません。「優秀な指導者」といっても、評価する立場によって、その基準はまったく違います。

「選手一人ひとりが本当に必要としているものを与えてあげなさい」とよく言われました。その子が望むからと言って、スタメンというご褒美を与え続けることが指導者としてやるべきことなのか、と。

中竹 欲しがるものではなく、本当に必要なものをちゃんと捉えて提供するということですね。でも、どこで怒って、どこで褒めるかというのは本当に難しいですよね。(2021年1月28日公開予定の記事に続く)