『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』では、組織文化の変革方法についてまとめました。本連載では組織文化に造詣の深いキーパーソンと中竹竜二さんが対談。ともに学び合うオンライングループ「ウィニングカルチャーラボ」で実施したイベントの内容をまとめました。今回のゲストは、Jリーグ常任理事であり、世界のスポーツ関係者が視察に訪れる育成メソッドを持つサッカーのスペインリーグ「ビジャレアル」で指導者を務める佐伯夕利子さん。指導者としてどのようにメンバーと向き合い、組織文化を刷新していくのか聞きました。(聞き手/中竹竜二、構成/添田愛沙)

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■佐伯夕利子さんとの対談1回目>「中竹竜二が伝授!指導者にとって大切なのは「Doing」より「Being」」
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「問いかけ続ける力とは?」
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Jリーグ理事・佐伯夕利子さんが学んだ問い「自分が信じて疑わないことに疑問を持てるか?」『ウィニングカルチャー』著者の中竹竜二さん(左)とJリーグ理事の佐伯夕利子さん(右)

佐伯夕利子さん(以下、佐伯) メンタルコーチの一人に、チームづくりの際は、あなたが交渉する余地がある事柄と、絶対に交渉できない事柄を明確に線引きするべきだ、というアドバイスをもらいました。

 私は、遅刻をするとか、用具を片づけないでさっさとシャワールームに行ってしまうとか、みんなが必死にやっているのにダラダラと歩いて帰ってくるとか、そういうことだけは譲れないと思いました。

「それなら、そういう態度はリスペクトされるべきアスリートとして許されない行為だと選手たちに伝えればいい。もし、そういう行為を見たら、人として怒りを露わにしていい。自分はあなたの今の姿勢に対して、とても不満であるということをしっかり伝えるべきだ」と言われたんです。

中竹竜二さん(以下、中竹) ただ、その線引きを決めるのは怖いですよね。多くの指導者は、自分の譲れないところが本当にそれで合っているのかどうか、自信がないのではないでしょうか。

佐伯 そもそも日本人である私が求めるものと、彼らラテンの文化の中で生きる選手たちが求めるものには大きなギャップがあるんです。私はスペインでは外国人だから、受けてきた教育も感覚も彼らとは違います。なのに、そういう歩み寄りをしてこなかったことを、いまだに痛みとして感じます。それができていたら、もっといいチームづくりができたと思うんです。今は彼らを目で見て、耳で聞いて、ハートで感じるように努力しています。

中竹 「相手を知ることが足りない」ということに、どうやって気づいたんですか。

佐伯 それまでは、自分が見えたものを答えとして、一方的にインプットして教え込んで、それを「ピッチに出てやってきてね」と言って、できなかったらダメ出しをしてきたんです。本当に浅はかな指導者だった。

 一人ひとりと対話する作業がまったくありませんでした。挨拶以外していないとか。それからは、1on1ミーティングとか、個別の目標設定に対して、少しずつフォーカスを変えていって、個別最適なトレーニングを行っています。

Jリーグ理事・佐伯夕利子さんが学んだ問い「自分が信じて疑わないことに疑問を持てるか?」Photo: Adobe Stock

中竹 僕はラグビー U20日本代表のチームを持った時に、エクセルにメンバー全員の名前を打ち込んで、毎日対話をしたか、何を話したかということを入力していました。最初は2人しかしゃべっていない、しかもそれがキャプテンとバイスキャプテンだったということもよくありました。しかし、毎日やり続けて、最後にはようやく1日に全員と話すことができました。

佐伯 私もメンタルコーチに張り付かれて、メモされました。22人の選手に対して、「この子には18回声をかけました」「この子には3回しか声をかけませんでした」って。声をかける内容もポジティブかネガティブかで仕分けをされて。それでまずは、22人にある程度、平等にフィードバックするところから見直していこう、と。

 今、Jリーグで私が担当している部署では35人くらいメンバーがいるんですが、ほとんどコミュニケーションを取っていないことに気づいて、今更ながら、「3行Slack」をやっているんです。1日2人ずつにダイレクトメッセージを送るようにして。ビジネスでも、やっぱりチームとメンバーが一番大事なんですよね。結局は、人と人との人間関係の豊かさにつながりますから。

中竹 スポーツ選手の育成も、単にサッカー選手を育てるのではなくて、サッカーを引き算したとしても、どれだけ幸せに生きられる人間を育てられるのか、ということが大事ですね。

佐伯 スペインでもプロの選手になれる子はわずかです。そう考えると、今、サッカー選手である彼らにだけ特化していいのか、彼らがサッカー選手ではなくなった時のことにも責任を持つことが、私たちに課されている責務ではないか、と思うようになりました。

 すると、指導の現場が変わるんです。自分の目で見て、判断して、決断に至ったプロセスを大切にすることができる環境を提供してあげよう、彼らがサッカー選手でなくなった時にそれが生きるのではないか、と。

中竹 組織文化というのは、「組織における暗黙の問い」であると私は定義しています。ビジャレアルCFは、指導者を改革した後、今の段階で発せられている組織の暗黙の問いは、変わりましたか。

佐伯 問いだらけなんですよ、ビジャレアルCFって(笑)

 タイトルや順位、スコアなどの結果を重んじる指導者には、変わらないままの人も多かったし、それを武器に前に進んでいる方もリスペクトされるべきです。一方で、問いに対してリフレクションしながら、そこに至るプロセスに自分の意識を据え置くことで、選手個々の学びが豊かになると気づいた人は、意識やフォーカスが少しずつ変わっていった気がします。

中竹 多くの日本の組織文化の中では、「暗黙の問い」がシンプルな一つだけのもので、その結果として、動き方も一つになってしまうことが多いように感じています。でも、まだまだ問われてない問いが、これからもっと出てくるかもしれない。組織文化がどんどん進化していくことに、私は期待しています。

佐伯 2014年に始まった指導者改革の前は、それぞれの指導者が断定的な回答を持っていて、その回答を出し合っている感じでした。「指導者はこうこうあるべき」とか「システムはこれがいい」「ベストイレブンはこの形しかない」とか。確固たる信条がいろいろあったんです。でも、それって意外と自分が勝手に作り上げた物語だったりしますよね。

 自分一人では、なかなかそれに気づけないんです。自分が信じて疑わないことにこそ、クエスチョンマークを付けなさい、ということを、メンタルコーチたちにさんざん言われました。

中竹 人は揺らぎの中で成長していきます。信じたものをいったん手放して、疑って、そこからまた構築して、また疑う。それが大事なんだけれど、いざ、自分がやると本当に疲れます。

佐伯 直接指摘をするのではなく、自分が抱えているものを問うことに置き換えて、自分自身に答えを出させる。「指摘を問いに置き換える」ということは、そういうことだと思っています。