「社会の重圧」を吹き飛ばす本

pha:佐々木さんにとって「影響を受けた本、5冊」とかだったら何がありますか?

佐々木:一番影響を受けた本は、鶴見済さんの本かもしれないですね。影響というものを超えて、物理的に救われてしまっているという感覚があります。

pha:ああ、鶴見さんは僕もすごく影響を受けました。僕の書いてる本にも影響がたくさん入っています。

佐々木:鶴見さんの本がなかったら、僕は2~3回、自殺して死んでいるかもしれないですね。『完全自殺マニュアル』以外にも『人格改造マニュアル』という本にはすごく影響を受けました。この本は要するに、自己啓発でもいいし、薬でもいいけど、そういうツールを使ったら、固定されていたと思っていた自分の性格なんて丸ごと変わってしまうよという。人間に対する目線がクールなんですよね。

pha:わかります。僕も10代の頃にそういう世界観に触れて、その影響が今でも続いてますね。

佐々木:今抱えている自分の問題が、自分の考え方や性格が悪いせいで起きているのではないかという、そういう考え方を吹き飛ばしてくれます。

pha:その本が出た1990年代は、今よりも個人に対する社会の圧力が強かったと思うんですよね。そんなときに、社会の重圧を吹き飛ばしてくれるような本を出してくれた鶴見さんの存在は大きかったですね。

佐々木:はい、個人的には鶴見さんの本は殿堂入りですね。

狂ったものが「土台」になればいい

pha:僕は、今回の本を書くときに最初にイメージしてたのは、山形浩生さんの『新教養主義宣言』という本でした。大学生のときに読んで、「こんな世界は全然知らなかった」とか「こんなに面白い発想があるのか」とか、すごくいろんなジャンルの知的な面白さを感じて興奮したんですよね。それでそういう本を目指して書きたい、と思いました。

佐々木:本を書かれるときには、いつもモデルみたいな本があるんですよね?

pha:そうですね。今回意識していたのは、山形さんの『新教養主義宣言』と、三宅香帆さんの『人生を狂わす名著50』という本でした。『人生を狂わす名著50』もすごく好きな本で、僕も自分なりの「人生を狂わす名著」を紹介する本を書きたい、と思ってたんですよね。

 僕は小説をあまり紹介していないけど、三宅さんの本は小説が中心ですね。でもかぶっている本もあって、『時間の比較社会学』『約束された場所で』『春にして君を離れ』『わたしを離さないで』などは共通しています。『春にして君を離れ』は、三宅さんの本を読んで、面白そうと思って読んだんですよね。

佐々木:本の伝わり方って面白いですね。ぼくはアガサ・クリスティはそこそこ読んでいるほうでしたが『春にして君を離れ』は知らなかったですし。

pha:そうなんですね。逆に僕はクリスティはほとんど読んでなくて、『春にして君を離れ』を初めて読んだ感じでした。この本は、僕も人生を狂わす系の本をイメージして書いたんですけど、最終的にタイトルは「人生の土台となる」というものになりました。「人生を狂わす」とは一見逆に見えますが、内容はわりと近いと思っています。

佐々木:いい感じに狂って、狂ったものがその人の土台になればいいですよね。

pha:人生が狂ってしまって、社会の一般的な生き方から外れても、土台がしっかりしていたら生きていける。そのための読書を紹介する、みたいな感じになればいいなと思います。

佐々木:先ほどの山形浩生さんの本は、僕も当時、読みましたけど。山形さんはわりとバトルタイプですよね。

pha:確かにバトルタイプですね。内容は好きだけど、語り口とかは僕とは全然違いますよね。ああいう文体は90年代当時の雰囲気というのもあった気がしますが。

 タイプ的に参考にしているのはなんだろうな……。鶴見さんかな。でも、僕は自分の個人的な感覚ばかりを書いてるけど、鶴見さんは社会への怒りが結構ありましたね。

佐々木:怒りは今もまだすごいですよね。

pha:でも、鶴見さんは実際に会うと全然そんな感じじゃないんですよね。

佐々木:誰よりも優しい人だと思います。

pha:初期の本だけを読んでいると、ちょっとアジテーターっぽくも見えるけど、実際はすごくソフトですよね。

佐々木:誰よりも真摯だと思いますね。僕の場合、本を書くモデルでというとジョナサン・ハイトはそうかもしれません。

pha:ハイトはいいですね。この本でも『社会はなぜ左と右にわかれるのか』を紹介しています。

リベラルと保守が「手を組む」には

佐々木:ジョナサン・ハイトはその本で、本当にクールに、「リベラルと保守を分けているのは遺伝的な要因の可能性がある」と語っています。それが本当だとしたら、身も蓋もない話ですけどね。

pha:でも、そういう世界観のほうが僕は好きですね。

「人間は片づけができるようには作られていない。」<br />気持ちをラクにしてくれる読書のすすめ佐々木典士(ささき・ふみお)
作家/編集者
1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集編集者を経てフリーに。2014年クリエイティブディレクターの沼畑直樹とともに『Minimal&ism』を開設。初の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(ワニブックス)は25ヵ国語に翻訳され60万部以上のベストセラーに。『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス)は12ヵ国語へ翻訳。両書とも、増補した文庫版がちくま文庫より発売。

佐々木:そうですね。「なんでこの人はわかってくれないんだ」って思うより、そういう違いがもともとあるんだなと思うほうがわかりあえるかもしれないですね。

pha:どっちかが正しくてどっちかが間違っている、と考えたら、泥沼の議論になってしまいますよね。左の人が右の人をぼろくそに言って、右の人も左の人をぼろくそに言うみたいな……。遺伝子のせいだと思ったら、自分と考えが違う人に対しても寛容になれる気がします。

佐々木:保守の人は、未知のものに対して、より恐怖を感じやすい体質ではないかという推論ですよね。そうだとしたら、外側よりも内側を擁護するという傾向も確かに説明できてしまいます。ジョナサン・ハイトがたまに出すキラーフレーズが好きで、本人の政治的立場は、「保守を理解しようとするリベラルだ」という立場だと言っているんですよね。それを読んで、僕も「それや」と思って。その考えをいただこうと思って。

pha:僕もそうですね。リベラル寄りだと思うけど、「保守はアホだ」って切り捨てるのも違うな、と思っていて。

佐々木:だから、「リベラルはアホだ」と言う保守の人とは手を組めないけど、「リベラルを理解しようとする保守」だったら手を組めるんじゃないかと思うんですね。反対に「保守はアホだ」と言うリベラルとも手を組めないと思いますし。

pha:そうですね。でも、そうやって手を組めるかもなと思うと同時に、「やっぱりホモ・サピエンスに政治は無理なのでは……」となる気持ちも少しあります(笑)。

佐々木:説得したら通じる気がするけど、基本的には、男と女が分かれるように、保守とリベラルにも分かれると思うと、2~3日はゆっくり寝られるかなと思ったりします。

pha:まだ読んでいないんですが、綿野慶太さんの『みんな政治でバカになる』という本が最近出ていて、今話しているような内容なんじゃないかと思っています。ホモサピエンスに政治は難しい、みたいな。買ったんだけど積んであるので読まなきゃ。

佐々木:やはり、自分の政治信条にあったものを、よく確かめもせずに自動リツイートみたいなことばかりしていると、考えなくなりますからね。

pha:「あいつはバカだ」って誰かを攻撃するのは楽しいですからねえ。

佐々木:そういった人間世界に疲れたら、phaさんも紹介していた劉慈欣『三体』とかを読むのがいいんですね。

pha:『三体』は本当に面白い。スケールが異常にデカい。

佐々木:数万年単位の話だから、そのスケールで考えると、大体どうでもよくなる。最終的に、違う次元の宇宙生命体が攻撃してきたら、もう終わりだからって思えます。結局、我々は三次元レベルだからと思えば楽になりますよ(笑)。