ニュージーランドでは手話が公用語
──えっ、手話が公用語なんですか? 全然知りませんでした。
井田:そうなんですよ。世界的にも非常にめずらしいですよね。ニュージーランドでは公用語として英語とマオリ語がもともと使われていたんですが、2006年にニュージーランド手話が加えられたんです。
「手話が公用語」と聞くと、たしかに不思議な感じがするかもしれませんが、私は30年近く前からニュージーランドに何度も行っていて、現地の人たちと触れ合っていると「手話が公用語になるのも、うなずけるな」と思うんです。
──それはどういうことですか?
井田:この感覚は現地で体験しないとうまく伝わらないかもしれないんですが、ニュージーランドの人たちって、垣根がないんです。
たとえば、スーパーマーケットへ買い物に行って、そこにたまたま車椅子の人がいて、ちょっと高い位置の商品を見ていたら「取ってあげようか」って、ものすごく気軽に声をかけるんです。
助け合いとか、奉仕の精神とか、そんな大げさな感じじゃなく、普通にあいさつをするみたいに、すごく自然にそんなやりとりをするんです。車椅子の人も、別に必要なければ「いや、大丈夫だよ」なんて言って、助けてもらったり、もらわなかったり、すごく普通にしているんです。
その感じを間近で見たり、肌で感じたりしていると「耳の不自由な人がいたら、手話があったらいいよね」くらいの感覚で公用語になるのも違和感なく理解できるんです。
──とてもおもしろい感覚ですね。
井田:本当にそうなんですよ。私のような異国の人が道に迷っていると、押し付けがましく何かを言ってくることはないんですが、「ああ、困ったな」と思っていると、すぐ横に人が来てくれて、さっと助けてくれるんです。
ものすごくありがたいんですが、現地にいると、それが全然特別なことじゃなくて、普通の、自然なことなんです。
地理を学んでいくおもしろさのひとつには、そういうところがあると思うんですよ。ただ知識として「ニュージーランドでは手話が公用語になっている」と学ぶだけでなく、現地へ行って、そこで暮らしている人たちと触れ合う。
すると、なんとなく、そこに暮らす人たちの文化や雰囲気が伝わってきて「ここでは手話が公用語になるのもわかるな」と腑に落ちる。
もちろんニュージーランドだけでなく、世界中のあらゆる地域で、そうした体験ができると思います。