何のために新作を出すのか?

 「Kyoto KADEN Lab.」が始まったのは、パナソニックの一〇〇周年が目前というタイミングでした。一〇〇周年を迎えるにあたり、「これから一〇〇年後の豊かさとは何か」を問いたい。パナソニックはそう考えていたのです。

 当時、パナソニックの若いデザイナーが悩んでいたのは、「何のためにデザインしているかわからない」ということでした。

 常に新作を出さなければいけない。新作を出すために新作をつくっている。

「前のモデルでいいじゃないか」と思いながらデザインをしているのが、精神的にも辛い。

 そんな中、思考停止状態になってきている状況を打開したい。そういう想いがあったようです。

「良い物をつくって、世の中を良くしたい」という気持ちは、伝統工芸と工業の両者に共通してあります。

 ただ工業の側は、どこに突破口を見出したらいいのかがわからないことに悶々としていたのです。

 それで、私たちGO ONに声をかけていただきました。

 パナソニックとしては、「社内のカンフル剤を作りたい」「イノベーションを起こすための刺激が欲しい」ということでした。

 それならば、根本から見つめないといけないと思い、最初は物をつくるのではなく、お寺で座禅を組んでから、「豊かさとは何か」をセッションするような試みをしていました。

 やがて、二〇一五年の秋頃にセッションをスタートし、一年後の二〇一六年の秋に、セッションによってできた何らかのプロトタイプをパナソニック社内に示す、展示会をするということになりました。

 そこで、私たちGO ONは初めて、パナソニックのような大企業と、同じ目線でセッションをすることになったわけです。

細尾真孝(Masataka Hosoo)
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。