ロシア・ウクライナの戦争が起こり、世界は今、緊張感が高まり、分断へと向かっている。日本にとっても、ロシアは隣国の1つであり、外交上でも重要な国であるにもかかわらず、私たちは意外とロシアのことをわかっていない。今回は『ビジネスエリートの必須教養 「世界の民族」超入門』の著者で元外交官、世界96カ国を訪れた経験を持つ山中俊之さんに「ロシアとはいったいどんな国なのか?」を詳しく聞いた。ロシアの人々はどんなメンタリティを持っているのか。そして、どんなリーダーを求めるのか。そして、さらには今後世界はどのようになっていくのか。国際経験豊富な山中さんならではの「今後の世界の未来予想図」を語ってもらった。(取材・構成/イイダテツヤ、撮影/疋田千里)
18世紀、ロシアが強くなり始める
――ロシア・ウクライナの戦争によって両国が注目を集めていますが、ロシアは日本にとっても隣国のひとつであり、存在感はすごくあるように思います。その一方で、「どういう国なのか」がわからないところもあります。実際、ロシアとはどういった国だと山中さんは捉えていますか。
山中俊之(以下、山中) あれだけの大国ですから、当然ロシアの人たちにも大国意識はあるのですが、一方で西洋に対するコンプレックスもあるし、嫌悪感もある。そんな複雑な意識をロシア人は持っていると思います。
ロシア人というと、私たちはすぐに白人を思い浮かべますが、アジア系の顔立ちをしている人もたくさんいますし、たとえばレーニンもその1人でモンゴル系の血が入っていると言われています。
ロシアという国は、もともとのスラブ系にモンゴル系が溶け込んでいくことで文化的にも豊かになった一方で、ロシア人のなかに西ヨーロッパへのコンプレックスが生まれてきたのも事実です。
「自分たちはヨーロッパの一員である」と自認するにもかかわらず、ヨーロッパ諸国からは「アジア的」とみなされている。そんな背景もロシア人のコンプレックスの一因と言えるのではないでしょうか。
歴史を振り返れば、17世紀以前、ヨーロッパにおけるロシアのプレゼンスはあまり大きくありませんでした。その後、ピョートル大帝が現れて、実際には18世紀初頭くらいから西洋化を進めるようになってきて、いろんな戦争に勝ってきたこともあり、どんどん大国になっていくんです。
そのなかで「おれたちもけっこうできるじゃないか」と自信を持ってきた国。そんな印象でしょうか。
その後、19世紀には素晴らしい芸術が花開いて、軍事的にも、芸術文化的にも大国になっていった。そんなふうに私は捉えています。
ロシアの知識人階級はとても賢い
――ロシアの芸術文化というと、トルストイ、ドストエフスキー、チャイコフスキーなど有名な人たちが次々と浮かぶのですが、実際、ロシアの人たちの教養は高いのでしょうか。
山中 ロシア人全体を捉えて「教養が高いか、低いか」を語るのはむずかしいですね。それはどこの国も同じで、人によって大きく異なりますから。ただし、いわゆる上流階級というか、エリート層の教養は極めて高いと思います。
世界のいろんな情勢を知っていますし、外国語もできる。当然、ロシア文学や音楽などにも精通しています。そういった人たちは世界の「あるべき姿」についてもすごく考えています。
ロシアの上流階級とか、エリート層を見ていくと、歴史的にも非常に複雑な社会構造というか、社会矛盾のようなものを抱えてきたと言えます。
たとえば、トルストイやドストエフスキーにしてもエリート層の生まれですが、農奴問題について積極的に触れているんですよね。「自分たちはヨーロッパの端くれだ」「先進的な社会だ」と誇っていながら、19世紀半ばまで、奴隷が売買されていました。そうした(当時の)現状、社会矛盾に対する問題意識は非常に高いわけです。
トルストイの『戦争と平和』にも出てきますが、「農奴を開放して自由にするべきだ」というような、当時としては先進的、人道的な貴族階級の人たちもいたわけです。
しかし、そういう人がなかなか多数派にはならない。そんな上流階級の人たちの葛藤や社会矛盾のようなものがロシアにはすごくあると思います。
そして、この言い方は適切ではないのかもしれませんが、そうした社会矛盾があるからこそ、哲学的な思索を深めている。そんな側面もあるような気がします。
歴史的にロシアが抱える社会矛盾の中から生まれている芸樹や文化も相当あるように私は感じています。
ちょっと話は逸れますが、ロシア・ウクライナの戦争が起こったとき、情報統制をされていて「ロシアの人たちは世界の現実を知らない」とか「ロシアの人たちは何もわかってない」というような論調も一部にはありましたが、必ずしもそれは真実ではないでしょう。
情報統制で言えば、中国に比べればそこまで厳しくないですし、日本人だって日本で報道されているもの以外、海外のメディアにどれだけの人がアクセスしているかと言えば、そこまで多くはないように感じます。ロシアの人たちのなかにも、世界の情報をキャッチしている人もいれば、そうでない人もいる。それはどの国でも同じなのではないかと私は思います。