「優秀なのに自分を過小評価しすぎる人」が今すぐやめるべき思考のクセ

論理的な思考が苦手で、いつも「考えが浅い」と言われてしまう……。もっとキャリアアップしたい、自分をより成長させたいと思うビジネスパーソンにとって、「情報を正しく認識し、答えを出すこと」は大きな課題だ。しかし思考力を高めたくても、具体的に何から取り組み、どう訓練すればいいのかわからない人も多いだろう。
そこで参考になるのが、『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』だ。著者は、科学哲学が専門の植原亮教授。本書では、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と定義し、本当に頭がいい人の思考のプロセスを解説。52の問題と対話形式で、思考力の鍛え方を楽しく学べる名著だ。
20万部突破のベストセラー『独学大全』著者・読書猿氏も推薦の本書。本稿では、著者の植原教授に、「自分の努力・実力を正しく評価するためのコツ」をテーマにインタビューを実施。スピード重視で浅い思考の呪縛から解き放たれ、自力で「深い思考」に到達するためのポイントをお届けする。(取材・構成/川代紗生、撮影/疋田千里)

「頭の回転が速すぎること」の落とし穴

──『遅考術』を読んで、いかに自分が「バイアス」に左右されているのか、実感しました。思い込みで短絡的に物事を結論づけたりせず、じっくり考えることに慣れていきたいなと思います。

植原亮(以下、植原):そうですね、利用可能性バイアスや確証バイアスなど、バイアスにもさまざまな種類がありますが、これが思考の誤りの発生源になることは多々あります。

用心深く、「遅く考える」ことができないと、人生における大きな課題がやってきても、最初に頭に浮かんだ「思いつき」を考えたということにして、自分を無理矢理納得させる……なんてことに。

賢い人=思考が速いというイメージがありますが、よいアイデアや仮説にたどり着くまで、状況に応じた思考の進め方で粘り強く考え続けられることこそ、重要なのではないかと思います。

私はダメな人間だ…
「利用可能性バイアス」がもたらす極端な価値判断

──「自分に自信が持てない」という悩みも多く耳にします。「今の成功はすべて自分の努力の結果だ」と自信満々になる人もいれば、逆に、社会的な成功をおさめているのに、いつまでも自信が持てない人もいます。自分を過大評価しがちな人・過小評価しがちな人が、フラットに自分の悩みと対峙するためには、どうすれば良いでしょうか。

植原:まず試してみてほしい攻略法は、「記憶」ではなく「記録」に頼ること。

遅考術』でも紹介していますが、人間には「利用可能性バイアス」というものがあります。

「利用可能性バイアス」とは、記憶から呼び出すのが容易なもの(つまり利用可能性が高いもの)の方が、そうでないものに比べて実際に起こる確率が高く、発生件数が大きいと考えてしまう、という思考の傾向のこと。

たとえば、ネットを使って調べ物をするときに、検索して最初の方に出てきたサイトに書いてあることを信用してしまうとか、よくありますよね。

──たしかに!「トップに出てきたサイトなんだからきっと合ってるんだろう」みたいに考えてしまいますよね。

植原:私たちは容易に手に入るものしか検討しない傾向にあります。

たとえ他の情報がまだ残っているとしても、すでに手元にあるものに不釣り合いなまでに重きを起きたがる。

これが「利用可能性バイアス」です。

この性質が、場合によっては過大評価・過小評価につながってしまうわけですね。

──なるほど……。記憶から呼び出すのが容易なもの、インパクトが大きい記憶を重視して価値判断をしてしまう、ということでしょうか。

植原:そういうことになりますね。

たとえば、自分を過小評価しやすい人がなぜそうしてしまうのか、考えてみましょうか。

自分自身について評価を下すときも「利用可能性バイアス」のせいで、記憶に強く残っていることや、直近にあったことの影響が大きくなってしまうんです。

最近、仕事でやらかしてしまった、失敗してしまった。なんであんなことしちゃったんだろう。そんなふうに、ひどく落ち込んだ経験をすると、記憶の中に強く刻みこまれてしまいます。

さきほどの例で言えば、脳の検索システムの中で「自分 評価」と検索したとき、トップに出てくるような状況になってしまっているわけです。

すると、どうなるか。直近1週間程度で起きた話でしかないのに、まるで人格全体がダメであるかのような錯覚に陥ってしまう。

1週間ではなく2年、3年のロングスパンで見れば、そんなミスはほんの数回、非常に限られた出来事かもしれないのに、トップに出てくるから、どうしても「私はダメな人間だ」と極端な価値判断になってしまうわけです。

「客観的な記録」でフラットに自己分析せよ

──他人からは全然ダメな人に見えないのに、「いやいや私なんて」とやけに謙遜する人や、自己評価が低い人がいますが、そういうメカニズムだったんですね。

植原:こうした「利用可能性バイアス」が人間には備わっているので、思い出しやすいことを中心に評価を下してしまうのは、ごく自然なことなんです。

だったらどうすればいいかというと、ある程度、「客観的な記録」を用意するしかない。

記録があれば、「なんだ、冷静に考えればそこまでひどくないじゃないか」と、過剰に落ち込まなくて済みますし、複数の経験を並列で眺めることができます。

私は実際に、手帳へは予定だけでなく、「どの仕事をいつしたか」というのを書き込んでいます。

とはいえ、「記憶」がすべて悪いというわけでもありません。中には、「あのときうまくいったから大丈夫」というように、自分を動機付けてくれるポジティブな記憶もあるはず。

「今はうまくいってないかもしれないけど、この仕事に自分はちゃんとコミットするんだ」と、方向付けをしてくれるような記憶はちゃんと取っておいて、記録と記憶、どちらも大切にするバランスが必要だと思います。

【大好評連載】
第1回 「頭の回転は速くても考えが浅い人」と「本当に頭がいい人」の根本的な違い
第2回 「理屈っぽくて高圧的な人」の矛盾を見抜く「最強の質問」とは?

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。

「優秀なのに自分を過小評価しすぎる人」が今すぐやめるべき思考のクセ