問題解決ではない新しいイノベーションの生みだし方
そして、デザイン思考と血縁のような関係にある「ユーザー中心設計」や「人間中心設計」という言葉が、「顧客志向」と相性が良いと見られるようになります。こうした組み合わせも、経営サイドには受け入れやすかったと思います。いずれにせよ注目すべきなのは、デザインというグレーゾーンをグレーのままに扱うのが得意なアプローチが奨励されるようになってきた点です。経営を担う人たちがデザイン思考のワークショップを年に何回やったか、ということではありません。
このようにしてデザイン思考がビジネス戦略を決める人たちの間に流通を始めると、だんだんと派生モデルやデザインに依拠した別のアプローチがでてくるようになります。その一つが、本連載のテーマになる「デザイン・ドリブン・イノベーション」です。またの名としての「意味のイノベーション」です。2009年、冒頭で紹介した、当時ミラノ工科大学で経営学を教えていたベルガンティが『DESIGN-DRIVEN INNOVATION』という本を出しました(邦訳は2012年に同友館より出版)。
デザイン思考が問題解決に足場を置きがちであることに対し、デザイン・ドリブン・イノベーションは商品の意味付けに戦略の中心を置きます。前者は市場の声に基づいて商品のコンセプトを考えますが(外から内)、後者では企業サイドの人間がさまざまな人との交流と議論の中でコンセプトを作り上げる(内から外)のが特徴です(図)。そして、前者は改良型の開発にふさわしく、後者は市場で唯一無二の事業をつくり長期的利益に貢献するというわけです。どちらが良いかではなく、使い道が違います。
図:イノベーションプロセスのポートフォリオ
『突破するデザイン』(日経BP社)より
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ベルガンティがこのアプローチの論拠としているのが、米国のデザイン論の研究者であるクラウス・クリッペンドルフによる「デザインとはものごとに意味を与えること」との定義です。前世紀後半、ミラノを中心として家具や雑貨のイタリアデザインの黄金時代が築かれました。この背景にあるのは、経営陣の考え方にデザインが染み込んでいた。すなわち、デザインを駆動力にしてインテリア業界にイノベーションをもたらした、とベルガンティは説明したのです。それまでイタリアデザインの黄金時代は、デザイナー個人の才能や経営者の手腕によってつくられたと語られていました。しかし、経営学的な視点からの詳細な分析は十分ではなかったので、彼の説明はデザインと経営の関係をより分かりやすく示したことになります。実際、私の現場での実感にもとても合っています。