人的資本を高めるのは
「人件費」ではなく「投資」だ

有沢正人(以下、有沢) 私は、カゴメがここ10年間取り組んできた事例について、説明させていただきます。

 当社は、人事の一番の目標として「エンゲージメントの向上」を掲げています。エンゲージメントと人的資本経営は密接です。それに伴い、ジョブ型人事制度を導入しました。人によって評価が異なるといった恣意(しい)性を極力排除するのが目的です。

人はどうすれば幸せに働けるか?エンゲージメントとウェルビーイングが「人的資本経営」に欠かせない理由を第一人者が語る有沢正人(ありさわ・まさと)
カゴメ常務執行役員CHO(最高人事責任者)。慶應義塾大学商学部卒業後、1984年に協和銀行(現・りそな銀行)に入行。銀行派遣にて米国でMBAを取得後、主に人事、経営企画に携わる。2004年に日系精密機器メーカーであるHOYAに入社。人事担当ディレクターとして全世界のグループ人事を統括、全世界共通の職務等級制度や評価制度の導入を行う。08年、AIU保険に人事担当執行役員として入社。ニューヨーク本社とともに、日本独自のジョブグレーディング制度や評価制度を構築する。12年1月、カゴメ株式会社に特別顧問として入社。カゴメの人事面におけるグローバル化の統括責任者となり、全世界共通の人事制度の構築を行っている。12年10月、執行役員人事部長、17年10月、執行役員CHO就任。18年4月、常務執行役員CHOに就任。国内だけでなく全世界のカゴメの人事最高責任者を務める

 また、働き方改革をさらに進めた“生き方改革”を進めています。さらに理想的な人事制度をサポートする機能として、外資では当たり前である「HRBP」(Human Resource Business Partner)の日本版を作りました。

 エンゲージメントとは、信頼感がある環境の中で個々のメンバーがチームとしてきちんと働くこと、また、能力を最大限発揮して組織の目標を達成できる状態にすることを指します。そのためにエンゲージメントサーベイというものに取り組み、他に360度フィードバックやハラスメント実態調査などさまざまなサーベイを行っています。

 ただ、サーベイはあくまでツールであり、それ自体が目的ではありません。さまざまな社内調査のハブとしてエンゲージメントサーベイを取り入れているということです。

 

 人的資本については、かつて「ヒューマンリソース」と呼んでいましたが、それを「ヒューマンキャピタル」と呼ぶようにしました。

 何が違うかといえば、今まではバランスシート(貸借対照表)の左上のアセット(資産)の項目にヒューマンがありました。要するにインカムステートメント(損益計算書)上で、リソースの裏は必ずコスト、つまり「人件費」だったのです。これからはそうではなく、バランスシートの右下のエクイティ(資本)の項目に人を置く。そうすると個人のマーケットバリューが上がれば当然、資本が蓄積されていきます。ですから、これからは「人件費」から「人的投資」へと変わっていくのです。

 したがって、人的資本を高めるのは「コスト」ではなく「投資」だ、という考え方です。だから、当社で「人件費」という言葉を使った人は私に怒られます(笑)。

 人事というと、どうしても離職率に目が行きがちですが、当社は離職率が高くなることに対して騒ぎたてるのではなく、「そうなるのは当社に魅力がないということだから反省しよう」と伝えています。あくまで、人が選び、人に選ばれる関係にあり、「当社で働きたいと思って選ばれる会社にしましょう」ということを、この10年間、口酸っぱく言ってきました。

3つの視点とジョブグレードで
役員から変革を始める

有沢 こうした変革を達成するために、3つのパースペクティブ(視点)があります。

 一つ目は、経営戦略と人事戦略が連動しているか。当社は人事戦略が経営戦略の中で一番大事だと明言しています。

 二つ目は、今のあり方、現状とTo be、目指すべき目標とのギャップ、その方向がきちんと数値化できているか。当社は見える化できているかどうかだけではなく、数値化した上で、いつまでに何をするかということをKPI評価シートに必ず役員から担当者まで全員が書きます。

 しかも、このKPI評価シートは全社員のものを公開しています。社長だけはKPI評価シートは全社目標と同じですので作りませんが、専務以下は全員作り、新入社員でも役員のKPI評価シートを見られるようにしたのです。見える化することで全社員が同じ方向にベクトルを合わせるという目的もありますが、何よりも安心感、心理的安全性を担保するという点で公開することが大事です。

 三つ目は、人事戦略が実行されるプロセスの中で、組織や個人の行動変容を促すような企業文化が定着しているか。先ほどのKPI評価シートの公開も、ここにつながればいいということで始めました。

 こうした視点から、ヒューマンリソースからヒューマンキャピタルへ、人はコストではなく投資だということを明確にし、エンゲージメントを向上するために導入したのが、ジョブ型人事制度です。

 まずは役員からジョブグレード(職務等級)を取り入れました。私がカゴメに入社するまでは役員の評価制度、報酬制度がなくて、全役員、例えば執行役員であれば全員が同じ賞与、同じ報酬だったのです。だから私が入社してから、まずはここから変えようということで、役員からジョブグレードを導入し、1年後に部長、2年後に課長へと広げていきながら、バラバラだった評価基準を統一しました。