ノーベル賞経済学者リチャード・セイラーが「驚異的」と評する、傑出した行動科学者ケイティ・ミルクマンがそのすべての知見を注ぎ込んだ『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』(ケイティ・ミルクマン著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)。世界26ヵ国で刊行が決まっている世界的ベストセラーだ。「自分や人の行動を変えるにはどうすればいいのか?」について、人間の「行動原理」を説きながらさまざまに説いた内容で、『やり抜く力 GRIT』著者で心理学者のアンジェラ・ダックワースは、「本書を読めば、誰もが超人級の人間になれる」とまで絶賛し、序文を寄せている。本原稿では同書から、その驚くべき内容の一部を特別に紹介する。
「ちょっとした現金」を行動に賭ける
肉汁したたる大きなチーズバーガーを想像してほしい。レタスにトマト、タマネギ、ベーコンなど、あなたがいちばん食べたい大好きな具入りで、においがまたそそる。友人とランチに出かけた店で、となりのテーブルにそんなバーガーが置かれたら、あなたは食べたくならないだろうか?
だがもし健康的な食事をしようと誓ったばかりだったらどうする? がまんできるかな?
これは、ジョーダン・ゴールドバーグがウォートンの私のMBA学生に毎年投げかける質問だ。
ジョーダンがハンバーガーのシナリオを想像してほしいと語りかけると、教室ががやがやと騒がしくなる。どの学生も、自分だけは誘惑に抗う意志力を持っていると信じたがるが、ハンバーガーを注文するかもしれないと考えるほどには身のほどをわきまえている。
続いてジョーダンは、もっと簡単な質問をする。
それじゃ、もしチーズバーガーを食べたら誰かに500ドル支払う約束をしていたらどうだろう? きっと、おいしい誘惑に屈していいのかどうかを、もっと真剣に考えるんじゃないかな?
私を含む全員がうなずく。誰にも異論はない。
「賭け金」が大きいほど成功する
この前置きのあとで、ジョーダンは型破りな「コミットメント装置」(注:より大きな目標を達成するために、自分の自由を制限するような仕掛けのこと。本書参照)を学生に紹介する──計画を破ってしまったらお金を払わせるアプリだ。
「現金のコミットメント装置」と私が名づけたこの仕組みを消費者に提供する企業は数社ある。現在までに数十万人が現金のコミットメント装置を試し、かなり便利に使っている。
必要なのは、目標を定め、進捗状況をしっかり追跡してくれる人(や何らかのテクノロジー)を選び、目標を守れなかった場合に誰にいくら支払うかを決めることだけ(受取人は、特定の個人や慈善団体にしてもいいし、失敗の痛みをとくに強く感じたいなら、大嫌いな団体──あなたの政治思想に反する団体、たとえば銃の権利団体や銃規制反対団体などの「反」慈善団体──を選ぶのも手だ)。
賭け金はほんの数ドルでもいいが、賭け金が大きいほど当然成功率も高い。
教会や礼拝所にもっと頻繁に通いたい? なら、信頼できる見守り役を選んで、通わなかった場合のペナルティを決めよう。
きちんとした人とおつきあいがしたい? 異性を見る目がある友人に見守り役を頼み、賭け金を設定しよう。
さらに「すごいこと」を実現するには?
先日、コミットメント装置を使って人生の針路を変えた、作家でテック起業家のニック・ウィンターと話をした。
2012年のこと、ソフトウェアのプログラマーだった26歳のニックは、望み通りの人生を歩めていないと感じていた。彼は不満と苛立ちを募らせて自問した。
「もっとバランスの取れた、充実した人生を送るにはどうしたらいいだろう? どんなことをしたら楽しくなれるだろう? 自分はどういう生き方がしたいのだろう?」
こんなことを考えるうちに、日々の生活に悲しいほど冒険が足りないことに気がついた。コードを書くのは好きだし、仕事はやりがいがあるが、最近やったおもしろいことといえば、ジムに行ったことくらいだ。
ニックの2つ目の発見は、脳の芸術的な側面を十分に活用できていないということだった。もっとクリエイティブなことがしたかった。
このような気づきに発奮したニックは、いろいろな冒険に挑戦しようと決意した。スカイダイビングをする、スケートボードを習う、明晰夢を見る、5000m走のタイムを5分縮める等々──そして自分の変身を本に書く。
これらすべてを実行するために、3か月の猶予を自分に与えた。
「イヤでも」自分が動いてしまう
ニックは現実を理解していた。こんなに短期間に人生を変えることは相当に大変だろうと考えた。また、計画を友人たちに宣言するだけでは十分ではないこともわかっていた(口先だけで終わったら少なくとも恥ずかしい思いをするよう、宣言はしていた)。
目標を達成するには、もっと後には引けない状況をつくり出す必要があった。そしてある日、とても型破りな契約を結ばせる会社のことを聞いて興味を持った。
ニックはその会社と次の契約を結んだ。
「3か月以内に本を執筆し、スカイダイビングをする」という目標を達成しなかった場合、1万4000ドル(約190万円)の大金を支払う。
1万4000ドルは、億万長者にとってははした金かもしれないが、ニックは金持ちではなかった。預金のほぼ全額を賭けたから、本を執筆し、飛行機から飛び降りないわけにはいかなくなった。
急激に人生を変えられる
夢を実現しなくては、という強力な動機に駆り立てられたニックは、自分の冒険をつづった本、『モチベーション・ハッカー』(未邦訳)を3か月以内に書き上げた。そしてガールフレンドと一緒にスカイダイビングを決行した──幼いころから高所恐怖症だった彼にとっては、こちらのほうが誇らしいのかもしれない。
私がニックの物語を好きなのは、現金のコミットメント装置の力と簡単さを見事に表しているからだ。
またこの物語には、現金のコミットメント装置のやや矛盾した特徴もよく表れている。この手法は一方で、「自由は少ないより多いほうがいい」という経済学の一般原則に逆らっている。
だが他方では、「望ましくない行動を抑制するためには、その行動のコストを増やしたり制約を課したりすればいい」という、経済学の一般原則を活用している。
つまりこの手法も、消費を減らすためにタバコや酒に課税したりマリファナを禁止したりするのと同じ、経済学的な解決策なのだ。
(本原稿は『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』からの抜粋です)