懐かしい記憶を
ていねいに拾い集めてみよう

【自分の機嫌は自分で取る】「懐かしい記憶」で人生を前向きにする方法榎本博明『なぜイヤな記憶は消えないのか』(角川新書)

 もう一つ考えておきたいのは、懐かしい記憶の掘り起こしだ。

 嫌なことしかない人生というのは考えにくい。どんなに苦しい状況に追い込まれることが多く、嫌な目に遭うことが多い人生であっても、楽しかったこと、うれしかったことが何もなかったということはないものである。丹念に記憶を掘り起こしていけば、ポジティブな出来事もきっと見つかるはずだ。

 私が面接をした人の中には、自分は不遇な人生を送ってきた、ほんとうに運が悪くて、仕事でもプライベートでも嫌な目にばかり遭ってきた、だから良い思い出など何もないという人もいた。でも、改めて人生の各時期についての記憶をひとつひとつたどっていくと、長年忘れ去られていた記憶が次々に発掘されていった。

 その中には、もちろん嫌な出来事も、良くも悪くもなく淡々と思い出す出来事もあったが、良い出来事の記憶もたくさん引き出されてきた。家族で海水浴に行ったときの懐かしい光景。顔は思い出せないけど、幼児期にとても仲の良い友だちがいたこと。酔っぱらった父親が寿司折りを土産に持ち帰り、夜中に起こされて食べたこと。友だちと工事現場を隠れ家にして遊んだときのワクワクした気持ち。初めて親に映画館に連れて行ってもらってうれしかったときのこと。いつも叱られるばかりなのに、珍しく先生からほめられたときにとてもうれしかったこと。自分を嫌っている教師がいて、濡れ衣で叱られることがあったが、あるとき友だちが弁護してくれたこと。学校や世の中に不適応感を持っていた頃、保健室の先生がよく話し相手になってくれたこと。就職試験の合格通知がきてとても嬉しかったときのこと。ひとり暮らしを始めたときのさわやかな解放感――そんな風に、本人も意外だというほどに、良い記憶が芋づる式に引き出され、懐かしい思いにひたることができた。

 少し時間があるときにでも、前向きな気分で日々快適に過ごせるよう、懐かしい記憶の掘り起こしに挑戦してみてはどうだろうか。そして日記を付けるように、懐かしい出来事とそれにまつわる思いを記録してみるのもいいだろう。