“習近平、大したもんだ説”すら聞こえる

 台湾在住の現代中国の研究者によると、「中国には道理があるとされる抗議デモが三つある」という。それが反日デモ、労働争議、環境デモだ。

 今回の抗議デモはそのいずれでもなく、時の指導者に向けられたものだったが、規制の緩和という市民が望む変化が起こった。

 中国では、「政府は市民運動で変わるのではないか」と期待する若者も出始め、「習指導部がこれを無視しなかった」という点に、3期目に入った政権の方向性を見いだそうとする人もいる。

 実は先の党大会と前後して、意外な評価を耳にすることが増えた。中国某省の政治協商会議にパイプを持つ在日華僑は「習氏は、国内外で独裁者と評されていることは十分に認識している」と前置きした上で次のように語った。

「中国経済は市場性もなく、一部を除けば企業経営もボロボロ、モラルある住民も一握りです。中国の危機的状況は誰の目にも明らかで、誰もがそんな中国で自ら火中の栗を拾いたいとは思っていません。日本以上に複雑な問題を抱えた中国で、誰が国家主席などやりたいものか。それでも3期目も続けようというのだから、それはそれで大したものです」

 一方で、あれだけ頑なだった習氏がゼロコロナの措置を緩和させたことについても、一部で驚きの声が上がった。すぐに措置を緩和させた習氏に対し、「彼はバカじゃなかった」といった評価さえあった。

“ディストピア中国”を誰かが止めなければ

 2022年4月に亡くなった愛知大学名誉教授・加々美光行氏は現代中国研究の第一人者で、「対話ありき」の研究姿勢は多くの学生の間で共感を呼んだ。その加々美氏は今の中国をジョージ・オーウェルの小説「一九八四年」(1949年作)が描くディストピアの世界に重ね、生前次のように語っていた。

「小説では盗聴器がしかけられ、テレビが人々の生活を監視する受像機となる。この小説は『まさかこんな社会があるのか』と思わせる夢物語だが、中国はそれをなぞっているといえるような社会になった。しかも、そこに加速度がついている。2030年にはすごい社会になる。誰かがブレーキをかけなければ。いや、かけてもダメかもしれないが。もう無力感しかない・・・」

 小説のすべてが中国に一致するわけではないが、テクノロジーを通して市民を支配しようとする中国の体制は日々進化を見せている。今回の抗議デモは一定の成果をもたらしたとはいえ、「いつ、どこで、誰が何をしていたか」を録画する監視カメラやそれを解析するサーバーの存在は、今後の若者の抗議活動をなえさせるに十分だ。

 2019年、英・調査会社のIHSマークイットは、2021年末までに世界で10億台以上の監視カメラが普及し、そのうち54%が中国で設置されると予測した。ゼロコロナ政策下においても監視カメラの生産台数は驚異的な成長を見せており、トップシェアのHikvision(杭州海康威視数字技術)の2021年の売上高は814億2000万元(約1.6兆円)で、前年比28.2%増となった。

 もはや市民は手も足も出ない。抗議活動を通して市民の声を上層部に伝えるのは至難だ。長い歴史の中で、中国人に刻み込まれたのは「政府に求めても無駄」というあきらめの境地である。