緊迫感高まる台湾問題などの影響
半導体の生産拠点の地理的分散が加速している背景には、いくつかの要因がある。最も深刻と考えられるのは、台湾侵攻の緊迫感が高まっていることだ。支配体制の強化に取り組む中国の習近平総書記にとって、台湾への影響力をさらに強めることは一党独裁体制を維持するために欠かせない。加えて、台湾半導体産業の力を取り込むことは、中国経済のより効率的な運営にも重要だ。
米国では、中国による台湾侵攻のリスクは高まっているとの見方も増えている。中国からの圧力に対応するために、台湾の蔡英文総統は兵役の義務期間を現行の4カ月から、1年に延長すると表明してもいる。
台湾に依存してきた世界のサプライチェーンの不安定化への懸念は一段と高まっている。TSMCにとっても、同社の顧客企業にとっても、円滑かつ持続的な半導体サプライチェーンの強化は急務だ。そのため、TSMCの生産拠点は台湾から米アリゾナ州、わが国の熊本県、そして独ドレスデンにも分散され始めたというわけだ。
また、米国は半導体分野での対中制裁を強化している。つまり、半導体生産能力の向上は、「覇権国」としての米国の地位に決定的インパクトを与える。米国はこの先、政権が代わったとしても、最先端の半導体の定義を修正するなどして、半導体や製造装置の禁輸など先端分野での対中制裁を強化すると予想される。
他方、中国の半導体自給率向上には時間がかかりそうだ。各国企業は、中芯国際集成電路製造(SMIC)など中国半導体メーカーとの取引を続けることが難しくなる。サプライチェーンのさらなる不安定化を避け、安定したチップの供給体制を確立することは各国の経済安全保障にかかわる一大問題と化している。そうした危機感の高まりから、TSMCなど有力な半導体企業の生産能力向上を支援し、自国の産業構造の転換と、雇用・所得環境の安定につなげようとする国は増えている。
その状況下、台湾はTSMCの事業運営をさらに強力にサポートし、次世代、次々世代のロジック半導体などの生産体制確立を加速させようとしている。22年12月下旬、台湾においてTSMCは最先端の回路線幅3ナノメートルのチップの量産を開始した。