「取締役、年収1000万円以上」という転職の誘い

 夕方、AとBは待ち合わせた場所の近くにある居酒屋に入った。当初は世間話で盛り上がっていたが、2人とも半分酔いが回ったところでBが突然真顔で言った。

「俺さ、今度社長になるんだ」

 Aは驚きのあまり飲んでいたレモンハイを噴き出し、しぶきがBの顔にかかってしまった。Bは迷惑そうにおしぼりで顔をぬぐうと、話を続けた。

「今、俺が勤めている会社(乙社)の社長が実家の都合で仕事を辞めることになって、後を継がないかって言われたんだ。随分迷ったけど、思い切って引き受けることにしたよ」

 Bは卒業後転職を繰り返し、今から2年前に社員がいない乙社に入り、以来乙社長と二人三脚で業務をこなしてきた。

「俺と一緒に乙社の仕事をやらないか?」
「えっ? 俺を社員にするってこと?」
「社員じゃなくて、取締役になってよ。2人でもっと会社を大きくしよう」

 そしてBは現在の自分の年収が800万円であることを明かし、これからも取引先の依頼が増える予定であることを説明した。そして、「A君の年収だって、1年目から軽く1000万円はイケると思うよ」と、得意げに話した。Bから返事を求められたAは酒の席だったこともあり、「考えさせてほしい」とだけ言った。

 次の日から、Bは毎日のように、電話やLINEで「一緒に仕事をしよう」とAを口説き続けた。Aは当初断っていたが、めげないBから何回も説得されるうちに、徐々に甲社に対する不満が頭の中を占めるようになっていった。そして1週間後、Aは乙社の取締役になることを決め、Bに返事をした。

「年収1000万円なんて、今の自分の年収の3倍だ。会社のみんなのことは好きだけど、仕事が増えて責任が重くなったのに給料やボーナスが据え置きなんてもう耐えられない。よし、Bと会社をやろう。これで俺は金持ちだ。ワハハ……」

 その後AはBと話し合い、甲社を3月末で退職し4月から乙社に移ることにした。