自動車メーカーはCASEの技術やサービスより
国の規制といった「政治」を注視している

 筆者が直近で日米欧の自動車メーカー幹部と、踏み込んだ形で意見交換したところ、CASEの技術やサービスの領域よりも、政府の規制に係る「政治的な動き」への関心が高いことが分かった。

 代表的な事例は、アメリカのIRA(インフレ抑制法)だ。IRAは、部品の調達やクルマの最終組み立て工場の立地などに関わるもので製造業の根幹を左右する。また、アメリカの対中政策という色合いが強いこともあり、中国での部品調達と車両製造にも関係する。自動車製造数と販売数で世界第一位(中国)と第二位(アメリカ)の両国において、IRAの産業に対する影響は極めて大きいといえる。

 ここに、電動車に対する規制が絡む。例えば、アメリカでの電動車関連の規制といえば、1990年に施行されたカリフォルニア州環境保全局(CARB)によるZEV法(ゼロ・エミッション・ビークル規制法)があるが、トランプ政権はZEV法に対する連邦環境局(EPA)の影響力強化を打ち出し、またバイデン政権では大統領令によって、電動化率の達成目標を掲げた。こうした電動化に対する規制とIRAへの対応が必須なのだが、アメリカの環境対応法のこれまでの経緯を振り返ってみると、政権交代の有無に関わらず大きく変化することもあり得ると考えるべきだろう。そうした意識を、自動車メーカー経営陣には持ち続けているのだ。

欧州「Fit for 55」も流動的?
バッテリーパスポートやCatena-Xへの対応も

 さらに、欧州連合が2010年代末に打ち出し、推進している欧州グリーンディール政策は、まさに政治的な色合いが強い印象がある。

 その中の、政策パッケージの「Fit for 55」では、乗用車と商用車のCO2削減量で厳しい規制案をまとめており、2030年には乗用車の新車で1990年比55%削減、また2035年には乗用車と小型商用車で同100%削減と規定している。これにより、欧州域内では、2035年に発売できるのは事実上、EV(電気自動車)または燃料電池車のみとなるという考え方だ。

 こうした欧州における規制強化に対して、日本の自動車メーカーや二輪車メーカーの業界団体である、日本自動車工業会では「カーボンニュートラル達成に向けては、ハイブリッド車など既存の電動車に加えて、内燃機関を活用するカーボンニュートラル燃料や水素燃料を利用する方法など、様々な手法を考慮するべき」と主張。実質的に欧州での急激なEVシフトに対して異議を唱えてきた。

 そうした中、欧州連合で同法案が可決された後、ドイツが35年以降もカーボンニュートラル燃料の利用を認めるべきとの要請を出した。こうした修正案がいきなり出てきたことについて、日本のメーカー幹部は「案の定、欧米の規制は先行き不透明で、まだまだ変わる」と指摘する。

 なお、カーボンニュートラル燃料とは、「光合成や工業合成でCO2を回収することで、大気中のCO2量を増やさないような燃料の総称」(トヨタ、スバル、マツダによる解釈)だ。

 自動車産業に関わる欧州での規制は、Fit for 55以外にも、EVの中核的な機器であるバッテリーについて、材料の採掘や精錬、そして加工の過程における劣悪な作業環境を懸念する人権に対する案件があり、材料からバッテリー使用後の廃棄までのバッテリーの一生をデータ化するバッテリーパスポートに関する規制化の動きもある。

 さらには、欧州自動車メーカーらが主体となり、自動車のサプライチェーンでデータを共有するエコシステム「Catena-X(カテナエックス)」という考え方をグローバルに広めようとする動きもある状況だ。

 このように、CASEはそれぞれの分野や、各分野を横断するような規制やルールの整備が、欧米主導で一気に進みそうな段階であり、日本メーカーとしては、政府による産業力強化に対する政治的な動きを日々ウォッチしながら、自社の近未来事業計画に対する重要な判断を下されなければならない状況にある。

 これまで100年以上にわたる自動車産業史を振り返ってみると、日本メーカーは、欧米の排気ガス規制や衝突安全に関するアセスメント、前述のZEV法や中国における新エネルギー車(NEV)政策など、様々な規制等を自社の技術革新によって規制対応を実現してきた。

 だが、今後対応するべき規制等は様々な分野で複雑に絡み合っており、経営判断は難しい。

 こうした規制対応の企業姿勢が10年代後半以降、ESG投資に直結するようになったことが、自動車関連産業の経営をさらに難しくしている。

 ESG投資とは、従来の財務情報に加えて、E(環境)、S(社会性)、G(ガバナンス)を重視する投資のことだ。

 日本の自動車メーカーでは、コロナ禍となった20年から経営のESG投資が一気に進んだ。例えば、四半期の決算発表では、20年度の第三四半期から記者会見の資料構成やプレゼンテーションの手法が大きく変わった。

業界内に大きな温度差
トヨタも真剣に対応する姿勢示す

 このように自動車産業界が将来に向けて難しい状況にあるということに対する認識において、日本の同業界内に大きな温度差がある。

 具体的には、自動車メーカーや自動車部品メーカーの経営層と従業員の間で温度差がある。そのため、各社の労働組合では、こうした温度差を埋めるべく、社外から意見や提言を組合内で共有する動きがある。

 また、国内の自動車販売業の中では、CASEに対する基本的な理解は徐々に高まってきているものの、国外で起こっている規制が日本国内に、いつ頃どのような影響を及ぼすかといった中長期的な視点での議論はあまり進んでいない印象がある。

 こうした業界内での“意識の温度差”に対するトヨタ自動車経営陣としての認識と、その対処法について、トヨタが23年2月に実施した同年4月以降の新経営陣体制についての記者会見で、筆者はトヨタ側に質問をした。

 これに対して(その時点での)佐藤恒治・次期社長と宮崎洋一・時期副社長からは「重要かつ難しい課題として認識している」とした上で「トヨタらしく(各方面の)現場で今後、しっかりと対応していく」と言うにとどめた。

 自動車産業界は今、まさに100年に一度の大変革期なのだ。これまでの考え方を踏襲するだけでは、自動車メーカーとして生き残れない難しい時代に突入しているといえる。