書評家が厳選! ゴールデンウィークにじっくり読むSF本「人間社会の末路」を知る5冊

ChatGPTなどの新しいAI、地震などの自然災害、ウクライナへの軍事侵攻……日々伝えられる暗く、目まぐるしいニュースに「これから10年後、自分の人生はどうなるのか」と漠然とした不安を覚える人は多いはず。しかし、そうした不安について考える暇もなく、未来が日常にどんどん押し寄せてくるのが今の私たちを取り巻く時代だ。
『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』著者の冬木糸一さんは、この状況を「現実はSF化した」と表現し、すべての人にSFが必要だと述べている。
今回は、本書の発売を記念し、特別インタビューを実施。冬木氏に「SFの魅力」について教えてもらった。(取材・構成/藤田美菜子)

テクノロジーで「男女の差」が解消した未来

――いま「AIが暴走して社会を壊す」といったことを本気で懸念する言説も増えています。技術の進歩とは、否応なしに社会を変えていくもの。今回は、「人間社会の末路」を考えるための5冊を紹介していただきたいと思います。

冬木糸一(以下、冬木):テクノロジーによって変貌した社会を描きだすのはSFの十八番です。

 まず注目したいのが、「ジェンダー」をテーマにしたSF。ここ10年、20年で、社会のジェンダーに対する認識はかなり変化しています。多様性が重視される時代になり、誰もが「男性だから、女性だから、〇〇しなければならない」という枷から解放されるべきだという価値観が広まるようになりました。その行き着く先を、SFならではの設定で提示し、読者の思考を刺激する作品が昔から存在します。

 そこで紹介したいのが、和製SFである田中兆子『徴産制』(新潮社)です。女性と男性を分けるひとつの要素は「子どもを産む」ことができるかどうかということ。この違いが、女性の働きづらさや、女性のみが身体的な負担を課されると遠因になっています。いくら「男女平等」だと言っても、そうなり切れない現実があるわけです。

 しかし、それを覆すのがSFの面白さ。タイトルの徴産制とは、言うまでもなく徴兵制のもじりです。この作品の世界では、男性も(性転換を行うことで)妊娠が可能になっており、少子化対策として、「満18歳以上31歳未満の男性」には最大で24カ月間「女性」になる義務があるのです。

 ユニークなのは、義務として課されているのは「女性になるところまで」だということ。その先で妊娠・出産・子育てをするかどうかは、男性が自らの意志で選べるのです。その葛藤が描かれる一方で、自分の夫が女性になってしまった妻の側の心情も描かれる。読者も、自分ならどう振る舞うだろうかとリアルに想像せずにはいられないでしょう。違う性別から世界を見るという、稀有な体験が味わえる作品です。

現代ならではの「オープンな監視社会」の行く末

――近未来社会をディストピア的に描いた小説としては、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』が有名です。この作品に描かれているような「監視社会」の到来も、近年問題視されていますね。

冬木:一時期、「街中に監視カメラが多すぎる」といったことが社会問題化していましたが、いまやあまり文句を言わなくなりました。むしろ、誰もがSNSで個人的な情報を自ら発信し、それを世界中が「監視」しているような状況です。

 そんな、オープンな監視社会の行き着く先を描いたのが、デイヴ・エガーズ『ザ・サークル』(早川書房)。明らかにフェイスブック(現メタ)をモデルにした、最先端のSNS企業〈サークル〉が舞台の物語です。

 サークル社では、徹底した「透明化」が企業カルチャー。社内で募集されたサークル活動やパーティまで、あらゆるアクティビティは監視され、社員は仕事の一部としてSNSへの参加を強制されます。そして、これらの活動への参加度が低いと評価が下がってしまうのです。

 さらに、サークル社はこの企業カルチャーを社会全体に浸透させようとします。「透明化が進むことで世界は良くなる」というのが彼らのビジョン。そのため、「秘密は嘘」「分かち合いは思いやり」「プライバシーは盗み」といった標語を掲げ、世界のあらゆる情報がサーバにアップされる世界を目指して、続々と新しい技術やアイデアを投入していきます。

 この作品のポイントは、監視社会のあり方が市民の意向に合わせて変化していく様子を描いている点にあります。かつて『一九八四年』で描かれた監視社会とは、独裁的な国家が市民に押し付けるものでした。しかし現状、よりリアルな懸念としてあるのは、本作で描かれるような、市民の求めに応じて推進されていく監視社会ではないでしょうか。そんな社会の「気味の悪さ」に目を向けさせてくれる、現代ならではのディストピアSFです。

人は仮想世界で「永遠に」生きられるのか?

――前回記事では、今後社会が「仮想世界(メタバース)」に移っていくという可能性が示唆されました。その行き着く先は、どのような形になるのでしょうか?

冬木:SFでよく描かれるのは、人類が肉体を捨て去って、人格や記憶ごと仮想世界に「移住」し、肉体の死後も生き続けるという未来です。

 これを可能にする技術が「マインド・アップロード」。個人の人格をソフトウェア化して、サーバ上にアップロードしてしまおうというものです。すでに現実的な技術として議論されており、日本でも東京大学の渡辺正峰准教授が自らベンチャーを立ち上げ、20年以内の実現を目指して研究を進めています。

 そんなマインド・アップロードが一般化した社会を描いたSFが、グレッグ・イーガン『順列都市』(早川書房)。この物語が面白いのは、「仮想世界に人格を移しても、そこで生きていくにはお金が必要だ」という問題をフィーチャーしたところです。

 なにしろ、自分を動かしているサーバ代を払わなくてはならないので、仮想世界に移っても仕事からは逃れられません。もともとお金を持っている人は高性能なサーバ上で生きられますが、お金のない人は性能の低いサーバでしか生きられないので、富裕層と比べるとはるかに遅い速度でしか動作できない。そんな身も蓋もない「格差」が、仮想世界の描写にリアリティを添えます。

 また、ソフトウェア化された人格は、好きなように改変を加えることができるのですが、それによって理想の自分を追求できる一方で、本当の自分とはいったいなんなのか? とアイデンティティ・クライシスに陥ってしまう人もいます。「仮想世界上で不死の人生を生きる」という、一見夢のようなシチュエーションから、さまざまな議論を縦横無尽に繰り広げてみせる作品です。

人類が「宇宙」に広がった未来

――人類が仮想世界に広がっていく未来も興味深いですが、「宇宙」に広がっていくという可能性も見逃せません。

冬木:宇宙時代を描いたSFとしては、次の2作品を挙げたいと思います。

 まずはフランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』(早川書房)。映像化も複数回されていますが、2021年のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督版がお勧め。遠未来、宇宙に広がった人類の闘争が圧倒的な情景と共に描き出されます。

 もうひとつは、オラフ・ステープルドン『スターメイカー』(筑摩書房)。一般的なSF小説からは少し外れた位置にある作品で、名前のあるキャラクターも、登場人物同士の会話もほとんど登場しません。ここではただひたすらに、宇宙の長大な時間の流れ、そしてその中で繰り返される惑星と文明、その生成と消滅が紡がれていきます。人間社会どころか、この宇宙の「末路」に思いを馳せずにはいられない作品です。

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だから、この本。