技術と歴史にまつわる
日本の製造業の「2つの誤解」
長内 次に、TSMCという台湾の半導体製造企業を事例に見てみましょう。
最近、熊本県に工場を誘致しましたが、これは非常にバランスのいいプロジェクトだと考えられます。なぜなら、20~28ナノメートル(nm)プロセスという、10年ほど前の技術の半導体を誘致したからです。
品質第一の日本的な発想から、「なぜ10年前の技術なのか?」「なぜ最新のものを作らないのか?」という批判もあります。実際、TSMCは、アメリカで最先端の3nmから5nmのラインを作っています。
しかし、アメリカと日本では状況が違います。AIやIoTだけでなく、軍事用途にも最先端半導体を多く必要としているアメリカでは、最先端のラインが必要です。一方、日本は、自動車産業やエレクトロニクス産業で、ちょうどこのラインのプロセスが非常に重要になっています。
10年前の技術で必要なものをしっかり作っていく。とはいえ、台湾が10年前に投資した工場と同じ条件ではなかなか戦えない。となると、日本政府がそこにお金を入れることになる。
実際、10年分の減価償却分ぐらいを日本政府が投資しているわけです。その結果、日本は10年前のプロセスを最新の工場として作りながら、10年分の減価償却が終わった状態となっています。つまり、10年前の工場と同じ条件でビジネス、競争ができるというわけです。
このあたりが、ものづくりのいわゆる価値創造と価値獲得のバランスを取っていくということの、一つの例だと考えることができます。
日本の製造業には「2つの誤解」があります。一つは、「とにかく技術さえ素朴に磨いていけば何とかなる」という考え方です。これを脱却しなければいけません。製造業の競争優位の源泉は技術だけではない、ということです。
また、日本のエレクトロニクスが世界の製造業を席巻した歴史はありません。例えばサムスン電子は、欧米で、いわゆる日本におけるパナソニックのような「安心感を持った家電の王者」というブランド、総合家電のラインアップを持っています。ところがパナソニックは、日本における「安心感を持った家電の王者」というブランドが、欧米では築けていないわけです。
今は、ものの作り方の環境が変わっています。かつては日本で最新技術の製品を生産し、それを順次、海外に展開していけば良かった。しかし、世の中はデジタル化しました。そうなると、半導体やソフトウエアがキーになります。
これらは固定費の固まりですから、全てのものを大量に売っていかないとビジネスにならない。つまり、垂直方向にも水平方向にも分業することが大前提のビジネスになっているわけです。日本ではそれができていないのが問題です。
垂直統合的な開発と、プロダクトサイクルによる技術の囲い込み、これが20世紀のメーカーの強みだったのですが、これでは時間差が生じるため、世界中をカバーできない。こうした方法が21世紀に通用しなくなっているということです。
技術や市場の変化のスピードの違い、あるいはアーキテクチャ能力の差別化の可能性、価値の質が変わってきているといったことを、日本企業も捉えていかないといけません。