不確実性が低いときには効率性を
不確実性が高いときには多様性を

長内 研究開発というのは、長期的に見ていかないといけません。ただ、本業がしっかりもうけていないと、長期投資は苦しくなります。

 2010年、リーマンショック直後のパナソニックとソニーの研究開発投資を「100」としたときの変化(下図参照)を見てみると、パナソニックは当時、2年連続で数千億円の赤字を出していますが、やはり利益が出ていないと研究開発がなかなかできていません。

 一方のソニーは、そのころ研究開発費を絞っていません。ソニーは当時、経済誌で「さよならソニー」という特集を組まれるほど赤字が続いていましたが、いざ10年たってみると、今度は「ソニーに学べ」という特集が組まれるほど回復しました。それほど長期投資は重要なのです。

 どうしても企業の体力がないと、V字回復というものを信奉してしまいます。だからこそ、「規模の経済性」が大事です。

 商品をしっかり売り、1つの売り上げ当たりの固定費を低くコストを下げる。それにより利益率を上げ、将来の原資を得る。あるいは「範囲の経済性」を効かせる。これは、企業の中核的な能力をさまざまな事業に展開して生かす「コアコンピタンス経営」ともいわれます。

 一方でコアコンピタンス経営を重視すると、実は新規事業への進出は慎重になるというジレンマがあります。

 例えば、集中と選択によって不要な事業は切るという点では、パナソニックのPC事業やソニーのプラズマディスプレー開発などがそうです。一度撤退した後に再参入したものの、過去の資源が使えなくなって苦労しています。

 つまり、コアコンピタンス経営は効率の経営で、生産性を重視する経営なので、不確実な時代に新たなものを生み出すことに対して、マイナスになってしまいます。

 これは「生産性のジレンマ」といわれています。生産性を上げようとすると無駄なことをしなくなり、一つのことだけ、コアコンピタンスに集中します。そうすると新たな創造がなくなり、その結果、不確実な世の中では新しい価値というものが生まれなくなります。

 不確実性が低いときには効率性を、不確実性が高いときには多様性を重視したほうがいい。それぞれ向いている組織も違います。不確実性が低いときには、いわゆる軍隊的な機械的組織で回していったほうがいいですが、不確実性が高いときには、自由な組織、米カリフォルニアのベンチャーのような、有機的組織が重要になってくるわけです。これらの組織をうまく使い分けるのが、「両利きの経営」といわれる方法です。

 時間軸で使い分けるのも重要です。例えば、あるタイミングで全く新しい製品を開発するといった、創造型の製品開発においては、今までになかったような自由な組織で、効率よりも効果を重視した作り方が重要になります。

 しかし、ある製品事業が軌道に乗って改良中心になっていけば、きちんとした機械的な組織の中で回していったほうがいいということになります。

長内先生長内厚(おさない・あつし)
早稲田大学商学学術院経営管理研究科(ビジネススクール)教授 京都大学経済学部卒業。1997年ソニー入社後、映像関連機器部門で商品企画、技術企画、事業本部長付商品戦略担当、ソニーユニバーシティ研究生などを歴任。筑波大学大学院(修士<経営学>)、京都大学大学院(博士<経済学>)で経営学を学び、神戸大学経済経営研究所准教授を経て、2011年より早稲田大学ビジネススクール准教授。16年より早稲田大学大学院経営管理研究科教授。現在は、ビジネス・ブレークスルー大学客員教授やハノイ外国貿易大学客員教授(ベトナム)も務める。YouTubeチャンネル「長内の部屋」でも精力的に配信中

 つまり、効率と効果を使い分ける際のキーワードが、「不確実性」なのです。

 不確実性が高いときには、多様性を認めて無駄を許容することが重要になります。不確実性が低ければ、無駄を排除して効率を重視したほうがいい。なぜなら、不確実性が低いと「ゴールが見えている」からです。逆に不確実性が高いと「ゴールが複数あって答えが見えていない」状態で、いろいろなことを試行錯誤していくことが重要になります。

 日本は、ものすごく試行錯誤が早いことが特徴といわれていました。しかし、昨今の日本企業はどうでしょうか。経営不振の中で効率化ばかりを追い求めて、試行錯誤の幅が狭くなってしまい、日本の良さがそがれてしまっています。

 生産性と多様性は、なかなか両立しないものです。企業にクリエーティビティーの芽を残すためには、生産性だけではなく、多様性、「計画された無駄」を残していくことが重要になります。

 経営の成功の法則というのは、世の中には存在しません。そんなものがあれば、誰でも名経営者になれますから。

 コンティンジェンシーという考え方が重要で、100の現場があったら100のソリューションが必要です。そのため、効率良くマネジメントをすること、あるいはしっかりと不確実性に対応した戦略を立てること。さらに、一つ一つの現場に違う答えがあり、さまざまな戦略を組み合わせていくこと。こうしたことが大事です。

 それが経営的な学びであり、何よりも「しっかりもうかる仕組みをつくること、技術開発はその一つの手段だ」というのを認識することが重要です。

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