日本の資産運用業界は
平均並みのリターンでよしとする「草食系」がほとんど

 一方、日本の機関投資家の行動様式や業界構造はほかの先進国とは異なる状況にあります。

 すなわち、金主であるアセットオーナーは多様性が乏しく年金性資金が主流です。また、資産運用会社もTOPIXなどベンチマークに追随する運用が多く、どこも似たり寄ったりで特徴がありません

 まず、金主から見てみると、日本における最大のアセットオーナーは年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)という政府系機関です。GPIFは日本国民の国民年金や厚生年金を管理・運用する世界最大の年金基金です。その他、共済年金や各企業の年金などが日本における主な資金の出し手です。年金基金に匹敵する1000億円以上を運用するファミリーオフィスや大学基金などはほとんどありません。

 日本の年金性資金のアセットオーナーは、リスク許容度が小さく、いわば「安全運転」の運用をアセットマネージャーに指示します。

 すなわち、運用対象資産は流動性のある株式や債券などが中心で、不動産やPE(プライベート・エクイティ)など低流動性の資産への投資は限定的です。たとえば、GPIFの運用対象資産は、「伝統的4資産」と呼ばれる「国内株式」「海外株式」「国内債券」「海外債券」の4つであり、これらに25%ずつ投資する基本的ポートフォリオを組んでいます。

 GPIFに代表される公的年金および企業年金の運用では、TOPIXやS&P500といったベンチマークよりも高い運用利回りを求めるアクティブ運用の割合が年々減少し、市場平均並みのリターンでよしとする草食系のインデックス運用(パッシブ運用)の割合が年々増加しています

 また、資産運用会社サイドも、欧米のようなセームボートマネーやプロフィットシェアリング方式の運用を採用している会社は少なく、AUM(アセット・アンダー・マネジメント。運用残高)に一定の料率をかけた金額を運用報酬として受領する、という手数料体系が一般的です。

 この方式に従えば、ある運用機関の運用成績が業界平均を下回っても、相場自体が堅調で資産の時価が増えれば、得られる手数料も増えることになります。

 セームボートマネーやプロフィットシェアリングがない以上、同業他社と同じような運用成績をあげておけば、AUMを削られることもなく、業界標準並みの報酬を得られます。つまり、アップサイドもないかわりにダウンサイドリスクも限定的です。

 日本では、資産運用会社のファンドマネージャーがクビになるといった例はきわめて稀です。この点で、運用成績が振るわなければ市場から淘汰される欧米のファンドマネージャーとは大きく異なります。

 もっと言えば、日本の運用機関で資産運用をしている大多数が「サラリー・ファンドマネージャー」であり、毎月、定額の給料を得ながら運用し、運用が上手くいっても失敗してもボーナスが若干上下する程度という報酬体系のなかで働いています

 また、日本では資本主義の歴史の違いや資本市場の厚みの違いから、欧米では主流の独立系資産運用会社は少数派です。その多くは銀行や証券会社などの子会社であり、経営者も資産運用の経験のない人物が天下りで派遣されるケースも見られます

 2023年4月に金融庁が公表した「資産運用高度化プログレスレポート2023」によれば、海外の大手資産運用会社の経営トップの約6割は20年以上の運用経験があり、内部昇格者が半分であるのに対し、日本では4割弱が運用経験3年未満で、さらに約7割が親会社などのグループ会社の出身者です[*3]。

 このレポートでは、こうした人事は「顧客の最善の利益や資産運用会社としての成長よりも、グループ内の人事上の処遇を重視しているのではないかと一般に受け止められるおそれがある」と指摘しています。また、欧米の資産運用会社では、誰が責任を持ってファンドや投資信託を運用しているのかがわかるようにファンドマネージャーの個人名が開示されていますが、日本では運用担当者の氏名開示が進んでおらず、ファンドの本数に占める開示割合は、世界各国の中でも最低水準だと指摘しています。

 このように、日本の資産運用業界は、資金の出し手や金主も、運用者やファンドマネージャーも双方が安定志向の「草食系」なのです。

参考文献
*1 BlackRock AUM drops 14% despite strong inflows, INVESTMENT WEEK, 2023年1月16日
https://www.investmentweek.co.uk/news/4062701/blackrock-aum-drops-14-despite-strong-inflows
*2 野村資本市場研究所「野村資本市場クォータリー 2023年冬号」
*3 「資産運用業高度化プログレスレポート2023」、金融庁、2023年4月
https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230421/20230421_1.pdf

※この記事は、書籍『CFO思考』の一部を抜粋・編集して公開しています。