西洋医学ではなく東洋医学的発想で企業文化を考える

佐宗 先ほど「自分の作りたい未来・妄想への腹落ち(センスメイキング理論)」と「知の探索のしつこい継続(両利き理論)」、「知的コンバットによる妄想の共感・形式知化(SECIモデル)」のサイクルが回る習慣を持つ企業が強いとおっしゃいましたよね。習慣はカルチャー、企業文化につながっていくと思うのですが、最近、多くの経営者がカルチャーに課題を感じているように思うんです。

入山 とても良いご指摘だと思います。WiL(World Innovation Lab)というVCのトップの伊佐山元さんを早稲田の社会人大学院の僕の授業に呼んだ時に、学生が「どうしたら伊佐山さんのようになれますか」と質問したんです。それに対する彼の答えは「今日、降りる駅をひとつ変えなよ」ということ。なるほどと感心しました。

 つまり、今みんなが「イノベーションを起こさなきゃいけない」と言っているのですが、やったことがないことをやるのは怖いですよね。いくら「知の探索」だと言っても、いきなり3000億円の投資をするのは怖い。それは西洋医学のやり方なんですよね。冷え切った体を大手術するやり方です。でも、大事なのは東洋医学で、体をポカポカさせて病気にならないようにすることなんです。

佐宗 なるほど、おもしろい。降りる駅をひとつ変えるぐらいの変化なら、誰にでもできますよね。

入山 そうなんです。怖くないけれど、一つ変えたら「ここにこんなお店があったんだ」「こういう道順でも帰れるんだ」と気づいて、おもしろいはずです。これを繰り返して行動変化を習慣化することが大事なんです。これを日本で最もうまくやっている企業の一つが、たとえばサイバーエージェントだと思っています。人事のトップの曽山哲人さんを中心に、常に変化するのが当たり前の、変化をルーティン化する企業文化を作っていることです。文化は具体的には行動だから、『理念経営2.0』にあるように、自分たちが常態化させたい行動を5つぐらい規範として作って、必死で守ることが重要なんですよね。

佐宗 そこに日本企業の問題があると感じています。日本企業は村のような社会で、あまりルールを明文化しないし、明文化しないほうが恣意的な運用が許容されて都合が良かった時代も長かったんですよね。でも、今リモート環境が一般的になり、社員の多様性が高まると、それでは行き詰まります。

入山 そうですね。それなのに日本の企業の社長はよく「入山先生は『知の探索』というけれど、うちの会社の文化に合ってないんです」なんて言うんです。僕は憤りを感じて「いや、あなたがたが言っている『文化』って、手なりでその辺から勝手に湧き上がってできただけのものですよね。違うんですよ、カルチャーってものは戦略なんです。意図的に、戦略的に作るものなんですよ」という話をするんです。

佐宗 文化というと、どうしても「自然に生まれてくるもの」というイメージが強いですが、これからは「意図的にデザインすること」が重要になってきているなと思います。ただ、カルチャーを意図的につくるうえでは、その企業が暗黙のうちに信じている価値観(バリュー)をまずはっきりさせないといけない。そうでないと、自然発生的に出来上がっている現状の文化や行動様式が、会社にとって望ましいのかそうでないかの判断ができないからです。

「知の探索」に挫けた経営者が、まず考えるべきこと
佐宗邦威(さそう・くにたけ)

株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授

東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(いずれも、ダイヤモンド社)などがある。