「ビジョン」に仕えることの大事さ
佐宗 中川さんはそもそもご自身のモチベーションを保つためにビジョンを作ったとおっしゃいましたよね。2007年に会社のビジョンを定めて16年ほど経っているわけですが、実際のところ、経営者としてのモチベーションはいかがでしたか? 時にはご自身の理念が揺らぐこともあったりしますか? そんなときに、心を奮い立たせるために何かやってきたことがあれば教えていただきたいです。
中川 2007年に初めてバリューを定めてから3年ぐらいはビジョンの文言の贅肉を落とす作業があり、2010年ぐらいに「日本の工芸を元気にする!」という現行のビジョンが定まりました。僕は基本的には飽き性なので、何かを長い時間やり続けるのは難しいんです。でも、会社のビジョンは30年、50年単位の時間軸のものを立てているから、飽きるなんてことはあってはいけないですよね。
だから社長をやっているあいだは、僕個人と中川政七商店のビジョンはほぼイコールでなければならないと思っていて。ですから、大袈裟な言い方にはなりますが、ビジョンを決めた以上は、命をかけてこれを実現しようと覚悟していました。
一方で、僕もやはり人間なので、もちろん揺らぐ瞬間はあります。ですから、かなり前から社内では「45歳、遅くとも50歳までには社長交代をするつもりだ」と言っていたんです。交代するまでは死ぬ気でやるし、そこまでは個人と会社のビジョンを完全一致させようと思ってやってきました。結果的には、現在の社長である千石(あや氏)にうまくバトンタッチできたわけですが、これもまたビジョンがあったおかげだと思っています。
佐宗 その若さでバトンタッチできるのが本当にすごいです。ずっと準備されていたんですね。
中川 僕は入社した当初から「次の世代は中川ではない人間にやってもらいたい」と周囲にも言っていたんです。とはいえ中小企業なので、交代するまでに乗り越えるべき壁はたくさんありましたし、社長を交代したあともうまくいくか心配でした。世の中、事業承継では失敗事例が多いですしね。
でも、会社はまったく揺らぎませんでした。なぜかと考えたら、みんな社長である僕に仕えていたのではなく、ビジョンに仕えていたからです。ビジョンが変わらなければ何も変わらないんですね。社員みながビジョンを意識しているからこそだな、と思いました。
佐宗 今の時代はどうしても「個人」に注目が集まりがちです。その分、社長に注目が集まっている会社は、事業のバトンタッチが難しくなりがちだなと感じていました。でも、企業理念があると、そうした属人性を超えられる。中川さんから千石さんへのバトンタッチは象徴的な例だと感じました。
中川 そうなんですよね。だから非常に宗教的だと思うんです。会社は「人から始まる」わけですが、「人を超える」ためには理念が必要なんですよね。
佐宗 「人を超えるためには理念が必要」──。いい言葉ですね!
最後に『理念経営2.0』をどんな人に読んでほしいか、中川さんなりのお考えをお聞かせいただけますでしょうか?
中川 これから理念経営をしようと思っている企業にとって、『理念経営2.0』は最適な本だと思います。ここまで体系的で、解像度が高く、実践的な本は他にないですから。だからまずは経営者に読んでほしい。ただ、トップが理解しただけではダメで、ミドルマネジャーにも読んでほしいし、そのあとさらにスタッフレベルの人にも読んでほしいと思うんです。
なぜならいまの時代は、ビジネスが「KPIゲーム」から「パーパスゲーム」に変わる過渡期なわけですが、このゲームの構造を正しく理解していないと、下手すると偏った信仰を持つ組織になってしまう可能性があるからです。そうなると、「いや、私はあなたたちとは違うんで」とお互いを否定する世の中になりかねない。パーパスゲームは本質的に取り組めば、社会にとっても、働く人にとっても、そして会社の利益にとってもプラスになるものであるはずです。ですから、すべての人がそのゲームのルールを理解したほうがいいですよね。
(対談終わり。次回からはスープストックトーキョー社長 松尾真継さんとの対談をお送りします)