会社という“群れ”で働く意味を言語化する

──なるほど。ただ、自律分散型の組織にすると、それはそれで問題が起きることもあると、佐宗さんご自身の苦い経験も述べられていますね。

佐宗 この本では「ティールの罠」というやや極端な見出しをつけて書いている部分のことですね。この点についてはいろいろな反響をいただきました。「『ティール組織』の帯を書いていた佐宗さんが、ティール組織を否定した!」と(笑)。

 しかし、実際にティール組織のような自律的な組織を目指していた僕が経営者として大きな壁にぶつかったのは間違いないんです。コロナ禍の中で、一緒に仕事をしてきた仲間たちが一気にBIOTOPEを離れていき、目の前が真っ暗になりました。コロナ禍でリモートワークが当たり前になって組織としての形をなさなくなると、「なぜ会社という群れで働く意味があるんだろう?」という問いに、僕自身も取り憑かれていたんですね。でも組織が崩壊しかけたことで、改めて自分たちの存在意義を言語化することが必然に思えました。

 農業にたとえると、痩せた土に化学肥料を与えるより、土自体に養分がある畑を耕せば作物は育ちます。化学肥料を与え続けていると、すべて経営者が引き受ける構造になってしまいますから、養分が自然と生まれる土壌が理想なんです。だからみんなで意義を問い続けて思考することで、養分を生む構造に変えていかなければいけないのです。そのためにも経営者はわかったフリをせず、わからないことは「わからない」と言い切る必要があるわけです。

 あのときは、残ったメンバーとともに、改めて自分たちの存在意義を哲学する時間を取りました。別に僕も答えを持っていたわけじゃないんです。だいたい半年くらいはかけたでしょうか。ある種、売上的には一円にもならない活動でしたが、その後の会社の土台をつくるすごく大事な時間だったと思います。その中で、「意思ある道をつくり、希望の物語を巡らせる」というミッションが降りてきました。デザインファームという存在にとって重要なのは、意思のあるイノベーターが道を作るのをサポートし、世の中にビジョンを持った会社=希望の物語を語る会社を増やし、ブランディングストーリーや事業を通じてその物語を巡らせていくことなのではないか──みんなとの対話の中からそういう理念の物語が生まれてきたんです。

──「わからない」と言い切ることで、ますます孤独になるかもしれないという不安を感じるリーダーもいるかもしれません。

佐宗 世の中の一般的なリーダー像として、「わからないなんて言っちゃダメでしょ」という感覚は確かにあるかもしれません。でも理念経営のステップとして、理念をつくるうえで答えをはじめから持っている必要は本当にないんですよね。答えがないものだったら、みんなと一緒に考えればいいので、そこからはじめましょうということを提案しています。

 そのすごくいい事例が本でも紹介したソニーのケースです。ソニーは「Corporate Report」という名前の統合報告書を出していますが、統合報告書というのは単なるIR情報ではダメで、物語にしないとつくれないんですね。あらゆる上場企業の経営層には、どんな会社でどんな価値を作りだしているのかというナラティブ作りが求められているんです。

 統合報告書を作るためには、各事業の意義をメタレベルで考える必要があります。ソニーのケースでは、経営陣や事業部長たちが泊まりがけで意義について語り合ったと聞いています。何回かそういう議論を繰り返した末にパーパスを決めたそうなので、統合報告書をきっかけに経営陣が胸襟を開いて話す場があったのでしょう。そういう体験は、同時に自分たちが経営者として闘ってきた孤独感から解放されるきっかけになったんじゃないでしょうか。

──そういう視点で見ると、『理念経営2.0』は経営者でないリーダーにとっても実用的な内容ですね。

佐宗 僕の希望としては、経営者が一緒に哲学したいと思うメンバーと一緒に読んでほしい、というのが一番目です。やはり共通言語があると話しやすくなって孤独から離れられますから。それ以外だと、たとえばチームだったらチームのメンバー全員とこの本を共有してもらいたいですね。ミッション・ビジョン・バリューとか定めなくていいので、議論を重ねてほしいです。

 そのプロセスにこそ意味があります。この本の制作途中にゲラをいろんな方に読んでもらったのですが、一般社員の方でもこの本を読みながら自分のパーパスを考えたり、やっている仕事の意義を考え直したりしたと言っていました。経営がテーマの本ではありますが、自分がやっている仕事の意味を問い直すうえでも十分役に立つと思います。

(次回に続く)

※本稿は『理念経営2.0──会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』(ダイヤモンド社)の著者インタビュー・全4回の第2回です。

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