新たな抗生物質を生み出すAI、組合つぶしの刺客にもなる恐れAI革命の進展でコングロマリットが手に入れる力は計り知れない Photo: Reuters/AFLO

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のメインテーマは、人工知能(AI)の闇です。AI革命の進展で、プレカリアート(不安定な労働者階級)が失いかねない最後の砦とは?

 珍しく良いニュースが飛び込んできた。研究者たちが人工知能(AI)を活用して、既存のありとあらゆる抗菌薬をはねつけてきた外来のスーパーバグ(超多剤耐性菌)を殺す抗生物質を見つけたという。

 AIを活かしたアルゴリズムにより、多剤耐性アシネトバクター・バウマニの主要タンパク質に含まれる数千に及ぶ化合物のマッピングに成功したのである。この多剤耐性菌は肺炎や外傷部位の深刻な感染などを引き起こすもので、世界保健機関(WHO)では人類にとっての3つの「重大な脅威」の1つに指定している。

 マッピングを完成させたAIは、続いて既存の抗生物質にはない新しい機能を備えた効果的な薬剤の開発へと進んだ。AIの助けがなければ、人命を救う抗生物質は夢物語のままだっただろう。久しぶりに目にする科学の勝利だ。

 だが、裏を返せば闇もある。クリス・スモールズという名前をご記憶だろうか。アマゾン・ドット・コムの倉庫施設で働く労働者で、パンデミック下での労働条件に抗議し、ニューヨーク州スタテン島にある同社施設での従業員ストライキを組織した人物だ。

 スモールズはにわかに脚光を浴びた。アマゾンの裕福で強い力を持つ取締役らが、スモールズを解雇した上で、長時間にわたるオンライン会議で、彼の掲げた大義名分を貶(おとし)めるための人格攻撃を企てていたことが露見したからだ。

 そして2年後、スモールズは初めての(そしていまだ唯一の)米国で公式に認められたアマゾン労働者組合の結成に成功した。ところが今日、こうした成功は、耐性菌を殺す抗生物質を生み出した立役者とまさに同じAIテクノロジーにより危機にひんしている。

 スモールズによる労組結成は、アマゾン経営陣にとっては手痛い反撃だった。同社経営陣は長年にわたり、従業員の労組結成を防ぐため、あらゆる手を尽くしてきた。2018年に漏洩した研修用動画では、マネジャーらに労組結成の動きの前兆に注意するよう指導している。

 シフトが終了しても職場周辺をうろついて同僚に組合加入を説得する機会をうかがっている可能性のある従業員を突き止めるよう、倉庫外に設置された監視カメラの利用をマネジャーに促している。また、従業員の会話を盗み聞きし、「この給料では暮らせない」とか「疲れ果てた」といったフレーズが出てこないか聞き耳を立てることも推奨されていた。