財務危機に陥っている楽天グループ。それでもなお、経営者・三木谷浩史会長兼社長にシンパシーを感じている財界関係者は少なくない。特集『楽天 解体寸前』の#8(全9回)では、三木谷総帥の華麗なる人脈をひもとくことで、楽天グループの成長と停滞の軌跡を追う。(ダイヤモンド編集部編集長 浅島亮子)
昭和の暴れん坊経営者が応援団
三木谷総帥の「華麗なる人脈」を大解剖
プロ野球球団の設立、東京放送(当時。現TBSホールディングス)の株式取得、証券事業への参入、携帯電話事業への参入――。楽天グループに事業拡大の“重大な転換点”が訪れるたびに、その舞台裏には決まって大物キーパーソンの姿があった。楽天グループの三木谷浩史会長兼社長の経営手腕を高く評価する応援団の面々である。
三木谷氏は1988年に一橋大学を卒業した後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行した。ある銀行関係者は「興銀には飛ぶ鳥を落とす勢いがあった。一橋大卒の多くは、東京大学卒がゴロゴロいる興銀では戦えないから、長銀(日本長期信用銀行)へ流れた。それでも敢えて興銀を選んだ三木谷さんには勝てる自信があったのだろう」と推察する。
三木谷氏は“ジジ殺し”の異名を取る。有名学者の父を持ち、帰国子女。年長者にも物怖じすることなく直言する経営者気質――。“昭和の暴れん坊”とされる大物経営者たちは、毛並みの良さと生意気さを併せ持つ三木谷氏を高く評価した。
こうした人脈構築術を駆使して、三木谷氏はベンチャーの雄から“政商”と呼ばれるまでに成り上がった。次ページでは、三木谷氏が築いた「政財界人脈25人リスト」を公開する。その華麗なる人脈をひもとくことで、楽天グループの成長と停滞の軌跡を追ってみよう。