次々と企画を考え、「アイデアマン」と呼ばれる人がいる。「そんな人はセンスがあるんだよ」と思ってしまいがちだが、果たしてアイデアや企画は、本当にセンスや才能によるものなのだろうか?『発想の回路』の著者である中川諒氏は電通でクリエイティブとしてさまざまなCMや広告を制作、その後もGoogleや外資系コンサルティング会社に転職してクリエイターとして活躍する華々しい経歴の持ち主だ。そんな中川氏は、「アイデアは閃くものではない」と指摘する。では、いったいどうすれば素晴らしいアイデアを考えることができるのか。本書の内容をもとに、その秘密に迫る。(構成:神代裕子)

発想の回路Photo: Adobe Stock

凡人からトップクリエーターへと成長

 広告賞を受賞するようなクリエーターや、驚くほど売れた新商品を考えた人を見ると、私たちはつい「才能があっていいなあ」と思ってしまう。

 才能やセンスがある人が、いい企画・おもしろい企画を思いつくことができると考えがちだ。

 本書の著者である中川諒氏も「わたし自身もそうだった」と語る。

 しかし、中川氏はユニクロやNIKEといった大手企業のCMなどを手掛け、数々の広告賞を受賞している人だ。また、コラム連載を持ち、本も出している。

 われわれ一般人からすると「ご謙遜を」と言いたくなる実績の持ち主だが、先に彼の経歴に触れておきたい。

 新卒で大手広告代理店に入社した中川氏は、クリエイティブ職を希望していたが、入社直後のクリエイティブテストで落ちてしまう。

 希望が叶わず、配属されたのは営業部だった。配属当初はくすぶっていたそうだが、そこで諦めることなく、どうすれば他のクリエイターのようなアイデアが出せるようになるのか、試行錯誤したのだという。

 どうすれば、人を動かす企画ができるようになるかをひたすら考え、試し続けた結果、7年もの月日を経て、コピーライターの登竜門・TCC新人賞を受賞。アジア最大級の国際広告賞の若手部門で世界一位となったのだ。

 その後、念願だったクリエイティブへの異動も叶い、さまざまな企業広告を生み出すようになっていく。

 つまり、中川氏は「うまく企画を立てられなかった人」から、「評価されるような企画が立てられるようになった人」であり、本書は彼がそうなるに至った経緯で身につけた技を教えてくれるものなのだ。

「アイデア」は「閃き」では生まれない

 では、アイデアが閃きで生まれるのではないのであれば、一体何から生まれるのか。

 中川氏は、「アイデアは閃きではなく、いつも工夫から生まれる」と語る。

そして工夫の出発点は、「うまくいかない状況」です。うまくいっていないからこそ、その状況を脱するために人は工夫しはじめます。(P.22)
工夫は3つのプロセスからできています。「うまくいかない⇨別の方法を考える⇨試してみる」この3つです。この工夫のプロセスの真ん中にある「別の方法を考える」が「アイデア」なのです。(P.49)

 つい私たちは、「アイデア=おもしろい発想や思いがけない考え」と思いがちだが、どうやらもっと地に足がついたもののようだ。

 では、その「工夫の仕方」はどうすれば思いつくのだろうか。

アイデアを生み出す「工夫の4K」とは

「アイデア=工夫」と言われても、具体的に何をすればいいのかがわからない人のために、中川氏は次の4つのアプローチを伝授してくれている。

 それは、「改善、解決、解消、回避」の4つであり、中川氏はこれを「工夫の4K」と呼ぶ。

 パッと聞くとイマイチ違いがわからないが、このアプローチの違いは次の通りだ。

1.改善「これってもっと~できないかな?」という工夫。目の前のうまくいっていない状態に対して、「今できる調整」は改善につながる工夫だ。

2.解決「どうやったら~できるか?」という工夫。解決は、結果に注目してうまくいっていない状況を処理すること。

3.解消「そもそもこれって~できないかな?」という工夫。解決案が結果に注目しているのに対し、解消案はうまくいっていない状態になる「原因」そのものを解除することをいう。

4.回避「いっそのこと~できないかな?」という工夫。今うまくいっていないことをやめて、全く別のことをはじめること。問題の解決を諦めるということでもあり、問題を先延ばしにすることでもある。

解消と回避はどちらも抜本的な変更ではあるものの、問題を取り除くのが解消で、問題を先延ばしにするのが回避という大きな違いがあります。アイデアという文脈でいうと、賞賛されやすいのは解消と解決です。なぜならこの2つは問題そのものを取り除いたり、問題に決着をつけられるからです。しかし、思い出していただきたいのはアイデアは自由だという前提です。回避も改善も立派な工夫であり、大切なアイデアのひとつなのです。(P.56)

「工夫の4K」をもとにアイデアを生み出す

 本書では、いくつか例を挙げてこの「工夫の4K」を使ったアイデア出しをしている。そのうちのひとつを紹介しよう。

たとえば、とても美味しいパン屋さんからこのような相談を受けました。「お店が地方にあるので地元の人しか来ることができない。でもこれからのことを考えると、新しい顧客も獲得したい」
どのようなアドバイスができるでしょうか?(P.65)

 このパン屋の現状の困りごとは「地元のお客さんしか来ることができないこと」であり、原因は「店舗が地方にあること」。そして、理想は「新しい顧客を獲得したい」ということになる。

 これを「工夫の4K」に当てはめて中川氏が考えたアイデアは、次のようなものだ。

①改善案「これってもっと」から考える。
「これってもっと地元以外でも売れないんだろうか?」と考え、販路を増やす道を考える。他の地域の販売店と契約して、パンを売る場所を増やすなどがそれに当たる。店舗は地方にあるままだが、新規顧客の獲得には近づく。

②解決案「どうやったら」から考える。
「どうやったら、新しい顧客を増やせるんだろう?」と考え、冷凍パンをはじめてみる。焼きたてのパンを急速冷凍してオンラインで全国販売をする。設備導入が必要になるので、改善案よりハードルが高い。

③解消案「そもそも」から考える。
「そもそもお店があるからいけないのでは?」と考えてみる。店舗を閉めて、移動販売に切り替えることで、「店舗が地方にある」という原因そのものを排除する案だ。

④回避案「いっそのこと」を考える。
 例えば「いっそのことパン以外のものも売ってみる」というアイデアが出てくる。パンやお店の看板をモチーフにした雑貨を作って売るといった方法が取れるかもしれない。

 このように、「工夫の4K」をもとにアイデアを出していくと、同じ問題に対しても違うアプローチが次々と出てくる。

 少なくとも4パターンは考える切り口が提示されているのだから、ぜひ試してみたいものだ。

 本書には、そのアイデアを企画にしていく方法も紹介されている。中川氏が編み出した「思考回路」を自分のものにして、ぜひ活用していただきたい。