無理難題を突き付けられるビザ申請
「申請表には、新卒で入社した会社から始まって現職に至るまでのすべての職歴を詳しく書かされました」
Bさんが申請したのは商用ビザだが、そこには単なる職歴だけではなく、当時の担当上司の名前と連絡先も記入しなければならなかった。Bさんは、「中国に行きたければ裸になれと言わんばかりです」と驚愕(きょうがく)する。
企業経営者のCさんも中国への渡航を計画していた一人だ。申請表の作成については、「『就活の応募書類』を上回る詳細な個人情報を書かされる」と警戒を隠さない。
「職歴、年収など、あまりに細かい内容の記載を要求されます。『一体何の目的でここまで書かせるのか』と気分が悪くなりました」と語るCさんは、結局ビザ申請を諦め、中国渡航そのものを断念した。
従来の渡航の常識は通用しなくなった
「とりわけ厄介なのは妻の条件です。これまでになかったさまざまな書類、原本の提出を求められています」
こう語るのは、中国出身の妻を持つDさんだ。80年代後半に日本の国籍を取得したにもかかわらず、原籍を抜く前のパスポートや中国の戸籍謄本の提出など、ほとんど不可能だと思われる要求を突きつけられているというのだ。
国籍を取得して日本人になった妻は、中国政府からすれば、もはや「向こうの国の人」なのだろう。「日本人以上に困難な手続きを要求されるのは、中国を捨てた人に対する嫌がらせなのでしょうか」とDさんは困惑する。
Dさんが焦るのは理由がある。妻の高齢の母親が新型コロナに感染し、夏まで延命できるかどうか、一刻を争う状況にあるためだ。血のつながりのある家族さえも容易には会えない現状に、Dさん夫妻は悲痛な面持ちを隠さない。だが、中国の旅行社が与えたのは「従来の渡航の常識は捨ててください」という一言だった。