日本では2007年に刊行され、「世の中にこんな会社があったのか」「こんなことを考えている会社があるのか」とパタゴニアという会社のユニークさを日本に知らしめたのが、『社員をサーフィンに行かせよう』だった。創業者のイヴォン・シュイナードが、「パタゴニア社員に理念を示す手引きとして書いた」という本は、世界で10ヵ国以上に翻訳され、高校や大学、有名企業でも注目され、ハーバード大学でもケーススタディとして取り上げられることになった。それから10年。パタゴニアの取り組みや新たな考え方を加えて生まれたのが、『[新版]社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』である。(文/上阪徹)

【全リーダー必読】パタゴニアが「社員をサーフィンに行かせる」本当の理由Photo: Adobe Stock

社員が豊かで満ち足りた生活を送るには?

 2017年に刊行され、再びパタゴニアという世界でも珍しいユニークな会社の存在を世に知らしめることになった『[新版]社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』。著者は、創業者のイヴォン・シュイナードだ。

 タイトルとなっている「社員をサーフィンに行かせよう」は、パタゴニアの「理念」(現在は「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」)を実践するための8つのガイドラインの中の6番目「人材活用――働きやすさを重視する」で紹介されている。

 人材に対する考え方、仕事に対する考え方も、環境を守るために事業を行うという独特の理念と同様、突き抜けたものになっている。

 パタゴニアでは、社員に豊かで満ち足りた生活を送ってほしいと思っている。働き方は柔軟で、これは、波が2メートル近く、波面がきれいで暑いときには作業をやめた鍛冶屋時代からの伝統である。周囲に迷惑をかけずに仕事をこなせるかぎり、好きな時間に仕事をすればいいというのが我々の考え方である。(P.270)

 そして著者はこうも書く。「本気のサーファーは、来週火曜日の午後2時にサーフィンをしようなどと予定したりしない。サーフィンは潮回りがよくていい風が吹き、いい波が立ったら行くものだし、パウダースキーは粉雪が降ったら行くものだ」と。

 そんなことから生まれたのが、「社員をサーフィンに行かせる」フレックスタイム制度だった。いい波をつかまえるだけではない。午後からボルタリングに出かけたり、勉強したり、通学バスから降りてくる子どもの出迎えられる時間に帰宅したりできる。

 このようなやりくりが効くから、自由とスポーツが大好きで画一的な職場を窮屈と感じてしまう大切な社員に仕事を続けてもらえるわけだ。ちなみに、この制度を悪用する人はほとんどいない。(P.270)

 社員をサーフィンに行かせるのは、大切な社員に仕事を続けてもらうため。だから、社員はパタゴニアで頑張る。極めてわかりやすいロジックではないか。

プラスの効果をもたらす「戦略的な」福利厚生

 だが、パタゴニアの福利厚生はフレックスタイムだけではない。社内託児所を始めたのは1984年。しかも、託児所を会社と切り離したりしない。

 社員には、母乳をあげる、お昼を一緒に食べる、時々様子を見にいくなどして子どもとかかわるように勧めている。お昼寝の時間に子どもと一緒にお父さんが寝てしまうこともあったりする。(P.271)

 仕事をしている親のところに子どもがやってくる。ハロウィーンには子どもがぞろぞろ練り歩く。会議中の授乳もよくある光景で、「これを見るたび、キャリアか子どもかという選択は、その実、片方を選ぶ必要などないことなのだと改めて思ってしまう」と著者は書く。

 パタゴニアでは、託児所も最高の製品を生みだしている。優秀な子どもたちだ。赤ん坊は、たくさんの保育士が代わる代わる抱き、世話をする。村全体で子育てをしているようなものだ。さまざまな刺激や学びの機会がある。こうして育って子どもは、知らない人に「こんにちは」と声をかけられても、母親の陰に隠れたりしない。(P.273)

 ただし、8週間以上の出産・育児休暇は、必ず取得させる。生後すぐの何ヵ月かは、託児所の職員ではなく、親と絆を結ぶのに極めて重要な時期だからだ。

 他にも、健康的なオーガニックの食事を出すカフェテリアがあったり、昼休みにランニングやバレーボール、サーフィンをしても大丈夫なようにシャワーも用意してある。社員販売の割引率も高い。だが、著者はこう書く。

 パタゴニアの福利厚生はかなり気前がよいが、実は戦略的でもある。どの制度も事業にプラスの効果をもたらすものなのだ。たとえば、米国では珍しい総合的な健康保険の制度をパートタイムの社員にまで提供しているが、こうすると、スポーツに本腰を入れている人にも直営店で働いてもらえる。社内に託児施設を設けているのは、子どもの心配をせずにすめば社員の生産性が上がるからだ。(P.270-271)

 社員の目線に立てば、会社はどう映るのか。また、どうすれば優秀な社員に、生産性高く仕事をしてもらえるのか。しかも、医療保障を除くと、福利厚生制度はそれほど大きな負担にはなっていないという。パタゴニアは働きたい会社ランキングやワーキングマザーにやさしい会社ランキングの常連になっている。

 著者は「なんとも解せないが、働きにくい会社を経営する人が多いということなのだろう」と記している。

フィクションは必要ない。事実を積み上げるだけ

 世界中に多くのファンを築くことになったパタゴニア。そのブランド力の秘密に関心を持つ人も多いかもしれない。最後に、8つのガイドラインの一つ、「マーケティング――メッセージを伝える」をご紹介しておきたい。

 パタゴニアのブランディングに対する試みは「我々がどういう人間であるかを人々に語る」というシンプルなものだ。マルボロマンなどのイメージキャラクターを作る必要もないし、シェブロンの「ウィー・アグリー」などのように責任ある企業であるかのように見せかけるキャンペーンもする必要がない。なにが悲しくて、書くのが大変なフィクションに走らなければならないのだろうか。創造力と想像力がなければフィクションは書けない。ノンフィクションなら事実を積み上げるだけでいい。(P.229)

 この記事を書いている私は文章を書くことで食べているが、実は書く仕事に必要なのは文章力などではないと思っている。著書『超スピード文章術』などにも、そう書き記してきた。必要なことは事実をつかみとる力であり、どの事実をセレクトするか、という力だ。それが文章を作るのである。

 本書はとてつもないパワーで読者を惹きつける。それは著者が常に圧倒的な事実を次々に突きつけてくるからだ。表現などではない。事実こそが、最も強いのである。

 そもそも、パタゴニアが本物だと感じられるのは、イメージの構築など気にしていないからだったりする。公式なしでイメージを維持するには、そのイメージに恥じない行動を続けるしかない。つまり、我々がどういう人間でなにを信じているのかがそのまま現れているのが我々のイメージなのだ。(P.231)

 マーケティングのガイドラインでは「ストーリーを丸ごと語る」「写真の力」「コピーライティング/広告文」「販売促進/広報宣伝」という項目で語られるが、著者のメッセージは、ここでも強烈だ。

 常識をひっくり返すような製品の販売促進は、ある意味、簡単だ。競争はないし、いくらでもすごいストーリーが語れるからだ。逆に販売促進が難しい製品があるとすれば、それはたぶん他社製品と大同小異に過ぎないからで、おそらくは製造自体やめたほうがいいと思われる。(P.246)

 広告は、最も信頼してもらえないやり方だと考えている、と著者は書く。

 常識とは異なるビジネス手法でもうまくいく。いや、そのほうがうまくいく。世の中にはこんな企業があるのだ。パタゴニア創業者からの鮮烈なメッセージを、ぜひ多くの日本のビジネスパーソンに知ってほしい。

(本記事は『[新版]社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

【大好評連載】
第1回 【熱狂的支持の秘密】パタゴニア創業者が大切にする「型破り」の仕事論
第2回 【究極の会社】パタゴニア社員の全行動を決める「たった一言」の判断基準
第3回 【物作りの未来】パタゴニアが考える「最高の製品とは何か?」の意外すぎる答え