また、同じくドラッカーは、「価値からスタートする、『私たちは何を売りたいのか』ではなく『顧客は何を買いたいか』を問う。『私たちの製品やサービスにできることはこれ』ではなく、『顧客が価値ありとし、必要とし、求めている満足』がこれである」と述べています。

 これはまさに世阿弥のマーケット志向そのものであり、彼の著作『風姿花伝』でも次のように表現されています。

「時によりて、用足るものをば善きものとし、用足らぬを悪しきものとす」
(その時、その場のニーズに応えられるものがよいもので、応えられないものはよくないものである)
『風姿花伝』第七・別紙口伝

マイケル・ポーターにも劣らない競争戦略

 また、競争戦略の第一人者と言われるハーバード大学のマイケル・ポーター教授が語る内容も、世阿弥の言葉にしばしば見つけることができます。

「他人と違っていることがその人間の武器になる」とポーター教授は言いますが、世阿弥は『風姿花伝』の「問答条々(もんどうじょうじょう)」で次のように言っています。

「能数(のうかず)を持ちて、敵人の能に変りたる風体を、違へてすべし」
(自分が演じることのできる能のレパートリーをたくさん持ち、相手が演じる能とは違った曲調のものを選んで、趣向を変えて演じるべきである)
『風姿花伝』第三・問答条々

 同じくポーター教授の「人を喜ばせるという思いは資本主義の神髄である」という言葉は、『風姿花伝』の物学(ものまね)条々で、どうすれば観客を喜ばせることができるかについて語る箇所で見つけられます。他流派と競って負けないために、世阿弥は常に競争戦略を考えることが求められていたのです。