保険ラボ

2019年に日本生命保険の子会社として誕生した、はなさく生命保険。競争が激しい乗り合い代理店市場を中心に業績を伸ばし、今や保有契約件数は40万件を超えるに至っている。そして今年3月下旬、はなさく生命をゼロから立ち上げた前社長の増山尚志氏から柏原宏治氏に、社長のバトンが引き継がれた。柏原新社長はどのようにはなさく生命を運営していくのかについて話を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部 藤田章夫、片田江康男 ※インタビューは2023年5月中旬に実施)

はなさく生命に2代目社長が誕生
柏原新社長の狙いとは

――2022年にはなさく生命の副社長に就任し、今年3月に社長になられました。これまで代理店チャネルとの関わりは。

 かつて代理店企画業務部に在籍し、代理店チャネルと銀行窓販チャネルの立ち上げに携わっていたころ、はなさく生命を立ち上げなきゃいけないという話をしていました。10年ほど前のことですが、当時、来店型保険ショップのほけんの窓口さんがものすごい勢いで展開して業績を伸ばし、また、インターネット生保のライフネット生命保険さんの業績も伸びていたからです。

 この先、保険ショップやウェブダイレクトのチャネルがどこまで伸びるのか、いずれマーケットの半分くらいを占めるのではないかなどと日本生命社内で議論していました。そして事業として本格的に着手すべきとなり、同じ部署にいた前社長の増山(尚志・現日本生命執行役員総合企画部長)と共に、はなさく生命の立ち上げに向けた取り組みを行っていました。

 その後、私は営業職員チャネルの企画部門に異動になり、営業職員のデジタル活動の推進や、営業職員に配る端末やアプリなど営業インフラの開発を行っていました。この間にはなさく生命が立ち上がったわけですが、日本生命の人員を数十人連れてきて、しかもゼロから生保を立ち上げるというのは相当な困難だったと思います。これは、増山しかできなかったのではないかと思っています。

――はなさく生命は初年度が絶好調でしたが、2年目に少し足踏みしました。

 乗り合い代理店マーケットのビジネスはダンピングの世界です。銀行窓販のようにマージンを下げてトップラインを追うのか、それとも収益を稼いでグループに貢献するのか、どちらを選択するのだろうと思っていましたが、収益をしっかりと取っていく方向でした。まさに2年目が分岐点だったのではないかと思います。

はなさく生命,柏原かしはら・こうじ/1974年9月6日生まれ。98年東京大学法学部卒、同年日本生命保険に入社。静岡支社にてキャリアをスタートしたのち、新設された代理店企画業務部にて代理店チャネルと銀行窓販チャネルの立ち上げに携わる。北海道から沖縄まで全国に代理店営業部を設置し、フロントの代理店営業スタッフを配置するなど、同社における代理店チャネル拡大に大きく寄与。その後、海外のビジネススクールへ留学。帰国後、法人営業企画部、総合企画部、営業企画部、商品開発部長を経て、2022年3月よりはなさく生命の副社長として経営に携わる。23年3月25日に前社長の増山尚志氏よりバトンを受け継ぎ、社長に就任。 Photo by Yoshihisa Wada

――現在8商品を発売しており、商品ラインアップが一通りそろいました。保有契約件数も約40万件となり、成功を収めたといえます。2代目社長としてこの先、どう取り組んでいく考えですか。