ちなみに後に陸上自衛隊となる警察予備隊、海上自衛隊となる海上警備隊が、旧軍の元将校を隊員として募集するのは、戦後も6年を越えた1951年以降のことである。
復員後、神戸に居を構えた吉岡は、ビジネスの世界へと身を投じる。この吉岡を含め、ビジネスの世界に身を投じた元将校は少なくない。だが、その多くはあまり成功したという話を聞かない。やはり元軍人の素人商売はうまくいかないのだろうか。
ある元将校は、自ら仕入れた整髪料を、戦後しばらくの間勤めていた勤務先の同僚や知り合いに売り歩いたが、それがまがい物で、つけると髪が変色するというシロモノだった。本人が知らなかったこととはいえ、大いに信用を失うことになったという。
また別のある元将校は、かつての同僚である元将校の口利きで自宅の庭に養鶏場を作ろうと画策。確かに鶏卵は採取できたが、とても生計を立てられるような収入は得られず、結果的に商売は挫折という結果に終わったといわれる。
本来、ビジネスには向かなかった
「指示されたことをする」軍人たち
今となってはその真偽もまことしやかなところもあるが、これらの事例をみると、そもそもビジネスを真剣に行うのであれば、かつての同僚らに、その商品性をよく調べもせず売り歩く、言葉を変えれば「売りつける」ようなことはしないだろう。ましてや元将校、軍人としての誇りがあれば、とてもそんなことはできないはずだ。
他人に迷惑をかけないという点では、自宅での鶏卵業は間違ってはいないのかもしれない。しかし、ビジネスにおいて他人から聞いた話を鵜呑みにし、それをなぞるだけで生計が立てられるのなら、誰も苦労はしない。有り体に言えば、楽して儲けようという意識が丸見えなのだ。
得てして軍人は、上は陸軍士官学校や海軍兵学校卒のエリート、下は二等兵に至るまで、「指示されたことをする」「与えられたことを愚直にやる」という教育、訓練を徹底されるせいか、自ら新たに何かを行うということを不得手とするところがある。
対して、戦後、ビジネスの世界をはじめ各界で成功したといわれる元将校、軍人の多くは、それまでのキャリアを活かしつつも、それを表に出すことなく、与えられた場で、自ら行動を起こした人たちだ。