実に率直な告白ではないか。戦前の元将校、令和の時代の自衛隊エリートと違いはあっても、同じ軍事エリートの言である。この1佐の言葉は、そのまま冒頭部でも触れた「不成功に終わった軍人の素人商売」の元将校たちが、時代を越えて語った言葉と捉えられよう。
今や地元の小さな大企業
元海軍将校に学ぶ処世術
さて、吉岡興業のHPには、創業者・吉岡忠一について、こんな一文がある。
《海軍兵学校、海軍大学を首席で卒業、旧海軍を担う逸材として将来を嘱望されながら、37歳の時点で、その輝かしいキャリアを敗戦とともに無に帰した》(出所:吉岡興行株式会社HP)
2023年の今年、吉岡興行は創業72年を迎えた。本社を置く兵庫県神戸市を拠点に、東京、大阪、名古屋、広島……と、全国にビジネスを展開する。
現在、資本金5000万円。年商38億円。社員数48名。その社員採用は通年制で、新卒、中途の枠のほか、「ひきこもり採用」――ひきこもっているときに没頭していたものを個性として評価するという、独自の社員採用枠も設けている。
今や業界界隈、地元神戸でも知る人ぞ知る「小さな大企業」といったところだ。
戦後、何もないところから起業、創業72年にして、これだけの発展ぶりをみせた企業の礎を吉岡は築いたのである。軍人としての輝かしいキャリアこそ、敗戦により無に帰したが、一軍人でいる以上に、結果として社会に貢献したのではないだろうか。
令和の時代に生きる私たちも、いつ何時、職を追われ、何もない状態から、生き抜かなければならない場面に遭遇するかもしれない。
そうした場面にあって、自らの志は曲げず、でも、時代や社会に柔軟に自分を合わせていくことで、新たなる道が切り開けるのかもしれない。
海軍将校、専門商社創業者と二つの人生を生きた吉岡忠一の足跡をみるにつけ、その思いを余計に強くする。
(敬称略)
『特攻の総括―眠れ眠れ母の胸に』(深堀道義・原書房刊)
『零戦 搭乗員たちが見つめた太平洋戦争』(神立尚紀、大島隆之・講談社)
(フリージャーナリスト 秋山謙一郎)