世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、ヘーゲルの『歴史哲学講義』を解説する。
従来は歴史は出来事のつながりであると考えられていた。しかし、実は歴史がある一定の法則に基づいて目的をもって展開しているという……。この思想は、後に世界は共産主義社会という目的をもっていると解釈されなおすなど、現代社会に大きな影響を与えている。
世界史に初めて法則性を与えた書
歴史は予測不可能な出来事のつながりに思えます。
しかし、ヘーゲルは歴史の流れにある一定の法則があると考えました。現代の一部の物理学者は、世界がホログラム的な仕組みをもっていると考えています。
ヘーゲルはその考え方を先取りするかのように、世界が一つのプログラミングされたパッケージであり、それが少しずつ時間に沿って展開されていく現象が歴史なのだというようなことを説いたのです。
この宇宙の原理を、ヘーゲルは「絶対精神」と呼んでいます。歴史とは、この絶対精神が自己の本質を実現していく過程(自己展開)にほかならないというのです。
「哲学が提供する唯一の思想は、理性が世界を支配するということ、したがって世界史においてもまた一切は理性的に行われて来たという、単純な理性の思想である」(同書)
「絶対的な究極目的であるとともに、またそれ自身その究極目的の実現でもあり、それ自身が究極目的をその内面から……世界史の中で……自然界、並びに精神界の現象の中に実現するところのものでもある」(同書)
つまり、宇宙の情報が、そのロジックに従って、刻々とゲームのように小出しにされていくということです。
そしてまた、その根本原理は無制約の(制限を受けない)存在なので、「自由」と表現されます。
世界史の目的とは理性的自由が時間的に歴史として、次第に実現されていく過程ということになるのです(自由の実現が目的ということ)。
世界史を概観してみますと、民衆の自由が実現されていくことがわかります。これは偶然ではなく、ちゃんと法則にのっとった動きをしているということなのです。
世界史は弁証法というルールで展開する
歴史とは「自由の意識における進歩」であり、これをヘーゲルは段階的にまとめています。
①王のみが自由な古代の段階
②共和国において一部の人々が自由になる段階
③ゲルマン諸国において人間の自由が実現していく段階
ゲルマン諸国における自由の自覚とは、ヘーゲルの生きていたリアルタイムの時代です。この自由の原理によって、国家の組織をつくりあげていくこと、それが歴史の到達すべき目標です。
さらに、この世界の公式・ルールともいうべきものが「弁証法」です。弁証法とは、認識と存在の根本原理なので、すべての存在は弁証法から漏れることなく、この法則に従って展開します。
すなわち、すべてのものは「即自」「対自」「即自かつ対自」という3つの段階をへて弁証法的に展開していきます。
弁証法は、次の三段階の公式になっています(認識の弁証法の例)。
①ある対象を規定して、固定化し固執する段階(例:植物がその全体を表現している)
②その規定されたものが一面的であったとわかる段階(例:植物が養分・水を必要とするなど新しいことがわかる)
③対立する2つの規定の総合によって、対象の理解が促進される段階(例:それがそれでない存在とともにあるという、全体が理解される)
歴史は、①ある安定した段階で、②矛盾が生じ、③次の時代に入る(例:絶対王政・革命・民主国家など)という三段階で展開されます。
また、ヘーゲルによると歴史の発展段階をになっている代表的な偉人も、歴史の目標を実現するための手段(道具)として登場します。
ナポレオンのような英雄は、いわばあやつり人形にすぎず、一定の役割がすめば没落するとされました。
今では、歴史の法則性という考え方は古いように思われていますが、もしかしたらそれもアリかもしれません。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。