恋愛結婚に対する偏見を
払拭した貴子さんのご結婚

 結婚相手との出会いは、東久邇夫妻の場合は見合いすらなく周囲が決めた。鷹司夫妻は一般家庭のような見合いをした。池田夫妻は厚子さんが公務で岡山を訪れたときにお会いし、その後見合いをした。島津夫妻の場合は、久永氏が兄である現在の上皇陛下の学友であり、お見合いといっても気楽な出会いだった。

 貴子さんは、記者会見で「私の選んだ人を見てくださって…」と恋愛結婚に近いものであることを強調し、宮崎県に新婚旅行をし、シドニーでの赴任生活をされるなど新しい時代の結婚像を示された。

 この結婚は、当時はまだあった「恋愛結婚」に対する偏見をおおいに払拭したし、庶民が新婚旅行を楽しむきっかけになった。

 陛下の妹である黒田清子さんは、学習院大学卒業後、山階鳥類研究所で勤務されていたが、1994年頃には公家の家柄で自身は東京大学の建築家である坊城俊成氏などとの結婚報道が盛んにあった。そこで、清子さん自身が、記者会見で「報道された男性に迷惑がかかるため自粛してほしい」と自ら要請された。

 結局、36歳の時に兄である秋篠宮さまの同級生で東京都庁勤務の黒田慶樹氏と結婚された。兄の秋篠宮さまが主導権を取ってまとめ上げたといわれる。

 三笠宮寛仁親王妃は、麻生太郎元首相の妹である信子さまである。高校生の16歳の時に求婚され25歳で結婚した。体調不良で殿下の晩年は公務にも出席せず、別居していた。

 娘として彬子さまと瑶子さま、2人の女王がおられる。現在、41歳と39歳であるが、結婚されていない。二人とも父親っ子で、特に彬子さまは、三笠宮家(現在は祖母の百合子妃が当主)を継いで守りたいという意識をお持ちらしい。

 高円宮憲仁親王妃久子さまは、三井物産勤務の鳥取滋治郎氏が父親だが、女系をたどっていくと幕末の関白・九条尚忠に行き着き、曽祖母の従姉妹が貞明皇后である。

 高円宮には、3人の女王がおられ、次女の典子さんは、26歳で出雲大社の千家国麿氏に嫁いだ。三女の絢子さんは28歳で、日本郵船勤務の守谷慧氏と結婚し、2人の男の子がいる。長女の承子さまは、37歳だが未婚である。