親子関係の問題は、家庭という閉鎖的な空間で生じるものだからこそ、解決が難しいといえます。
外部の目には一見、理想的な家族に見えていても、実はその中にいる当事者にとっては地獄に等しい親子関係であるケースも多々あります。そして自身の異常な親子関係の体験を訴える当事者に、外部の人は信じてくれないどころか「そんなことを言う、あなたのほうがおかしい」と、さらに傷を深くえぐるような言葉を投げかけてくることさえあり、当事者は自分の苦しみが理解されることはない、とあきらめ、口を閉ざすしかないという現状があります。
自分にとって「害になる親」、つまり毒親からは逃げるしかない、とは言われますが、実際に毒親との絶縁は簡単なことではありません。絶縁してもなお追いかけてくる毒親、周囲からの残酷な言葉……ここでは実際に毒親と絶縁した経験を持つ著者が自身の体験を綴った『幸せになるには親を捨てるしかなかった』から、再構成して紹介します。

【親の影響は大人になっても続く】「人に媚びる」行動をしがちな人。実は心に巣食う「親の呪い」のせいかもPhoto: Adobe Stock

植え付けられた
自己疑念の思い込み

 家族の悪い影響下から脱すると、精神的な余裕ができ、家族のせいで「自分は出来そこないだ」という非生産的な考え方に深く侵されてきたことを自覚します。

 あなたは家族によって、一挙手一投足、行い、思考、感情に至るまで、自分のやることなすことすべてが間違っているのではないかと疑いを持つように仕向けられてきました
 彼らの支配は、これまでも、そしてこれからも、あなたを脅かし続け、永遠に逃れられないのではないかという恐怖を植えつけます。

 一見矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、自分は誰かに愛し受け入れてもらえるような人間じゃない、という自己疑念は、立ち直ろうとする努力を無に帰します。

 何かしらの思考パターンをどうしても捨てられないとき、それは「症候群」と見なされます。
 毒家族に虐げられてきた人たちは、自己疑念から来る「出来そこない症候群」を患(わずら)います。

 あたかも家族の膿(うみ)であるかのように責められながらも、問題を起こさず、他の人を満足させることだけに自分の存在価値を見出してきたがために、かたくなに自分に対する評価が低いのです。

 何も悪いことをしていなくとも、つい謝ってしまうのが癖になっているかもしれません。

 この先もずっと、愛する人たちに褒められたり、気に入られたりする人間にはなれないという思いを完全にはぬぐい去れないでしょう。
 そしてそれは、自分が出来そこないだからだ、と思い込んでしまいます。

 人に気に入られたくてへつらう人は、もともと家族にもそのような態度をとっていた可能性が高いでしょう。
 
 子どもながらに、家族から愛情と安心感を得ようと行ったことが実を結ばないと、心の底から傷つきます。
 自分を愛してしかるべき人が愛してくれないのは、一体、自分の何がいけないからだろうか、と考え始めるでしょう。この傷は、あなたの核に深く刻まれます。

「心の核」の傷は
日々の行動に影響を与える

 家族と絶縁すると、魂に治ることのない傷がつきます。
 心の核が傷つく、という意味です。

 心の核は、家族のような非常に近しい人のせいで辛い思いをしたときに傷を負います。
 あまりの辛さに、魂が傷つくのです。

 心の核の傷は、次のような感情となって表れます。