『かすり傷も痛かった』は現代アート?

箕輪:僕がこの先飽きても売れなくなっても編集者をやめちゃいけないなと思うのは、自分が主体になると、変な人になるというのがあるからです。

尾原:そこが、『かすり傷も痛かった』が好きな一番の理由です。

 要は、軸を見つけた上であえてズラすという、茶化す天才の箕輪厚介が自分を茶化しているわけじゃないですか。

箕輪:『かすり傷も痛かった』を、今までで一番見抜いた人かも。

 この本には反省と書いてあるけど、反省というより企画なんです。異常な強い主張をしていた自分を、真反対から書いてみようということです。

尾原:「もう一回見直す」という社会実験ですよね。

箕輪:ある種の現代アートです。だから本当に大変なんですよ。僕の考えは変わっていない部分もあるけど、あえてうそをつかずに反対側で書いたら何を言えるかという。

 そのときに、世界が違ったふうに見えることってあるよねという提案なんですよね。

尾原:だから『かすり傷も痛かった』を読むと、もう1回、箕輪さんの軸が見えるんですよ。箕輪さん、なんだかんだ言って熱狂が好きなんですよ。

箕輪:逆にね(笑)。

尾原:変わっていなかったとしても、そこをズラしていること自体にどういうアウトプットが出てくるかが一番おもしろいわけですよね。

箕輪:そうです。もっと言うと、自分をも茶化すくらい自分がないというか、「自分はあるんだけど、自分すらコンテンツだと思っている」に近いかな。