同性愛や、婚姻外の性交渉、不倫についても同様のことが言えます。かつては西欧でも、キリスト教会の強い圧力のもとで、これらを罰してきました。これらに対する差別と蔑視が弱まってきたのは、ここ数十年のことです。
現在では、同性婚も認める方向にありますし、性自認を尊重することが基本的人権として意識されるようになりつつあります。婚姻外の性交渉や不倫で刑事罰を科されることもなくなりました。このこと自体は、西欧社会が多様性を認める方向に進んでいることを意味します。それを西欧自身にとっての「進歩」と理解したとしても、何ら問題ではありません。
西欧社会では、この動きに反対するキリスト教保守の動きも活発化していますから、両者は激しく非難しあっています。ただし、同じ西欧社会のなかでは、相手を力、とくに暴力で支配することはできません。そのことを了解しあったうえで、互いを批判し続けています。
ところが、相手がイスラム社会になると、とたんに、上から見下す蔑視があらわになります。

内藤正典 著
イスラム社会では同性愛への許容度が西欧社会よりも低いのは確かです。不倫の場合も同じです。時々、これらの問題で処刑されたり、集団で暴行されたりという事件が起きると、欧米のメディアからは囂々たる非難の嵐が起きます。
西欧は、100年前とは変わった。10年前とは変わった。その変化が退行であるはずがない、進歩だ。だからおまえたちも進歩しろ。自分たちについてこい。ついてこないなら、力ずくで張り倒すぞ。西欧のイスラム世界に対する態度は、わかりやすく言うならこういうことです。
19世紀以来、「進歩」を確信してきた西欧は、中東・イスラム世界に対する態度を変えることなく、自分たちが進歩の末に到達した「普遍的価値」を執拗に押し付けようとしています。
その点において、欧米諸国が世界的なレベルで「多様性」に新たな価値を見出しているというのは嘘でしょう。彼らの社会に内在する多様性についてのみ、それを受け入れることに進歩を見ているだけです。