上司の承認を得たり、部下に仕事を進めてもらったり、お客様にお買い上げいただいたり……ビジネスにおいて「相手の理解を得て、相手に動いてもらう」ことは必須のスキルです。そこで、多くのビジネスパーソンは「理屈で説得しよう」と努力しますが、これが間違いのもと。
なぜなら、人は「理屈」では動かないからです。人を動かしているのは99.9999%「感情」。だから、相手の「理性」に訴えることよりも、相手の「潜在意識」に働きかけることによって、「この人は信頼できる」「この人を応援したい」「この人の力になりたい」という「感情」を持ってもらうことが大切。その「感情」さえもってもらえれば、自然と相手はこちらの意図を汲んで動いてくれます。この「潜在意識に働きかけて、相手を動かす力」を「影響力」というのです。
元プルデンシャル生命保険の営業マンだった金沢景敏さんは、膨大な対人コミュニケーションのなかで「影響力」の重要性に気づき、それを磨きあげることで「記録的な成績」を収めることに成功。本連載では、金沢さんの新刊『影響力の魔法』(ダイヤモンド社)から抜粋しながら、ゼロから「影響力」を生み出し、それを最大化する秘策をお伝えしてまいります。
「影響力」のある人物と
付き合うときの“落とし穴”
「影響力」のある人物とどう付き合うべきか?
これも、よく考えておくべき重要な問題です。
この世の中で「大きな仕事」を成し遂げるためには、「影響力」のある人物との関係性を構築しなければならないのですが、ここに深刻なジレンマが生じることが多いからです。どういうことか? 僕の実体験のなかから、わかりやすいケースをご紹介しましょう。
ある人物の紹介で、とある経営者の方とのご縁をいただいたときのことです。
実際にお目にかかると、ありがたいことに、年間4000万円の保険料という高額契約をお考えとのことでした。もちろん、営業マンとしては何としてもお預かりしたい契約。高額なオファーには、それだけ強烈な「影響力」があるということです。
「4000万円の契約、ほしくないの?」
しかし、契約に向けて話を進めているときに、看過できない出来事がありました。
その方から電話があり、こんなお誘いを受けたのです。
「知人と飲むから、今すぐおいでよ」
この言葉を聞いただけで、正直なところ、僕はムッとしました。なぜなら、一人でも多くのお客様に面談しようと動きまくっている「大の大人」である僕の都合も聞かず、「今すぐおいでよ」などと言うのは失礼だと感じたからです。
しかも、あいにく僕には別のお客様とのアポイントがありましたので、そのお誘いに応えることは不可能。そこで、「申し訳ありませんが、予定があるので今すぐお邪魔することはできません」とお伝えしました。すると、その方は驚くべき言葉を口にしたのです。
「君、営業マンでしょ? 4000万円の契約ほしくないの?」
AthReebo(アスリーボ)株式会社 代表取締役
1979年大阪府生まれ。早稲田大学理工学部に入学後、実家の倒産を機に京都大学を再受験して合格。京都大学ではアメリカンフットボール部で活躍、卒業後はTBSに入社。スポーツ番組などのディレクターを経験した後、編成としてスポーツを担当。2012年よりプルデンシャル生命保険に転職。当初はお客様の「信頼」を勝ち得ることができず、苦しい時期を過ごしたが、そのなかで「影響力」の重要性を認識。相手を「理屈」で説き伏せるのではなく、相手の「潜在意識」に働きかけることで「感情」を味方につける「影響力」に磨きをかけていった。その結果、富裕層も含む広大な人的ネットワークの構築に成功し、自然に受注が集まるような「影響力」を発揮するに至った。そして、1年目で個人保険部門において全国の営業社員約3200人中1位に。全世界の生命保険営業職のトップ0.01%が認定されるMDRTの「Top of the Table(TOT)」に、わずか3年目にして到達。最終的には、TOTの基準の4倍以上の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な数字をつくった。2020年10月、プルデンシャル生命保険を退職。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReeboを起業。著書に『超★営業思考』『影響力の魔法』(ダイヤモンド社)。営業マンとして磨いた「思考法」や「ノウハウ」をもとに「営業研修プログラム」も開発し、多くの営業パーソンの成果に貢献している。また、レジェンドアスリートの「影響力」をフル活用して企業の業績向上に貢献し、レジェンドアスリートとともに未来のアスリートを育て、互いにサポートし合う相互支援の社会貢献プロジェクト「AthTAG」も展開している。■AthReebo(アスリーボ)株式会社 https://athreebo.jp
“エサ”につられれば、
「自信」や「誇り」を失ってしまう
これには唖然としました。
まるで、「4000万円」という“エサ”をぶら下げるような物言いだったからです。
たしかに、「4000万円の契約」は僕にとってとても大きなものですが、それと引き換えに、「一人の人間」として払われるべき「礼節」が損なわれるのは許し難かった。
しかも、こんな「誘い」に応じるために、アポイントをいただいていた別のお客様の予定を変更するのは、その方に対しても失礼千万。「4000万円」という“エサ”につられて、他のお客様との約束を反故にするような人間になってはいけないと思いました。
それに、一度、このような「誘い」に応じてしまうと、おそらく、その経営者のお客様は、僕のことを「“エサ”につられて、何でも言うことを聞く男」と見くびるでしょう。それでも、彼のご機嫌を取っていれば、「4000万円の契約」をお預かりする以外にも、なんらかの利益にありつけるかもしれません。
しかし、そういうことをしてしまうと、僕は、根本的な部分で、自分に対する「自信」や「誇り」をもてなくなってしまうでしょう。しかも、そんな僕の姿を見た第三者は、僕という人間に対する「評価」を下げ、結果として、僕は「影響力」を失っていってしまうに違いありません。
「目先の利益」を手放すこと、「影響力」が手に入る
だから、僕は、後日、その「4000万円の契約」はお断りしました。
そのお客様はたいへん驚いて、「4000万円をどぶに捨てるつもりか?」とおっしゃいましたが、「ええ、構いません」と即答すると絶句されていました。
正直にいえば、「惜しいことをしたな……」という気持ちがなかったといえば嘘になります。だけど、その後、お目にかかった方々に、このエピソードを伝えると、みなさん一様に僕の「考え方」に共感してくださいましたし、僕に対する「信頼感」をもってくださったように思います。
つまり、「4000万円の契約」を捨てた代わりに、僕には「影響力」が与えられたということ。そして、これが僕にビジネス上のさまざまなメリットをもたらしてくれただけではなく、僕の「生き方」を豊かなものにしてくれたと思っています。
「影響力」の有無にかかわらず、
すべての人と「対等」に付き合う
このように、僕は、「影響力」の強い人物を相手にするときにも、決して媚びてはいけないと考えています。「影響力」が強かろうが弱かろうが、すべての人と「対等」に付き合う。これこそが、自分の「影響力」を最大化するために、絶対に揺るがせにしてはいけないことだと思うのです。
だから僕は、人の名前の「呼び方」にも気をつけています。
日頃から、政治家や医師、弁護士、経営者、スポーツ選手などとお付き合いさせていただいていますが、僕は、みな一様に「○○さん」と呼び、「◯◯先生」や「◯◯社長」などという呼び方はしません。
なぜなら、その人は僕にとっての「先生」でも「社長」でもないからです。僕が勤める会社の社長に対しては「◯◯社長」と呼びますし、僕の主治医や実際に何かしら教えをいただいている方に対しては「◯◯先生」と呼びますが、それ以外の人は「◯◯さん」で統一することで、妙な差別化をすべきではないと思うのです。
アメフトで学んだ大切なこと
これは、アメフトで学んだことかもしれません。
というのは、アメフトのフィールドに立てば、すべての選手は「対等」だからです。対戦相手が僕より歳下だからといって、試合中に僕を敬ってくれるわけではありません。年齢も立場も関係なく、ただシンプルに「優れたプレイ」をするために対等にぶつかり合う。それが、アメフトなのです。
社会も同じです。歳上か歳下か、先輩か後輩か、社長か平社員か……など、立場や職業などにかかわりなく、すべての人に対して等しく敬意をもち、丁寧に接する。そして、社会というフィールドで「価値」を生み出すために切磋琢磨をする。こういうスタンスに徹するべきだと思うのです(言うまでもありませんが、同じ組織やチーム内では「歳上ー歳下」「先輩ー後輩」などの関係をわきまえることが大切です)。
「配慮」はしても、「遠慮」はしない
もちろん、相手が目上だったり、社会的地位が高かったりすれば、それ相応の「配慮」はします。しかし、それが過剰になれば、そこには歪んだパワーバランスが生まれてしまい、健全な人間関係を楽しむことができなくなってしまうでしょう。
だから、相手がどんなに「影響力」の強い人物であっても、「配慮」はしても、「遠慮」をしてはならないと僕は考えています。お互いにひとりの人間として「対等」に付き合う。もしも、それを損ねるような言動をした場合には、「遠慮」なく指摘する。それでも、相手が改めないのならば、無理に関係性を維持する必要はないと腹をくくったほうがいいのです。
年商数百億円の社長さんに対する「違和感」
実際、こんなことがありました。
年商数百億円の上場企業の創業社長の方と、「ふたりで食事に行きましょう」と約束したときのことです。
その方とはすでに何度も会食をセッティングして、シナジー効果が期待できそうな「一流の人物」を紹介するなど、親しい関係性を構築。秘書を通すことなく、直接、LINEや電話のやりとりをする間柄でした。ところが、前日に秘書の方から、「時間の都合がつかなくなったから、食事の予定を変更してもらえないでしょうか?」とメールが届いたのです。
これに、僕はがっかりしました。
「約束をドタキャンされたことに」ではありません。あれだけの重責を担っている社長さんですから、急遽、予定を変更せざるをえないことがあることくらいは、もちろんわかっています。そうではなく、自分で連絡をせず、秘書からメールを送らせたことに、僕は違和感を感じたのです。
一緒に食事をする約束は、僕と相手が、一対一で交わしたものです。その約束を変更したいのなら、秘書に連絡をさせるのではなく、自分で直接、連絡をするのが筋のはず。それが「礼儀」というものだと思ったのです。
「偉い人」とも人間として対等に付き合う
そこで、僕は直接、その経営者の方に、「直接、ご連絡をいただきたかったです」と率直にお伝えしました。
すると、その日の夜に、改めてご本人から、お詫びのメールが届きました。
正直なところ、僕はちょっとホッとしました。場合によっては、これで関係値が壊れるかもしれないと思っていたからです。
しかし、たとえそうなったとしても、これは伝えなければならない。そうでなければ、健全な関係性を続けることができなくなるかもしれない。そのほうが、よほどふたりにとって不幸なことだと思ったのです。
その社長さんは、「同じ人間同士、対等な関係性を楽しむ」という価値観を共有してくださる方でした。
だからこそ、彼は、わざわざ僕に直接、お詫びの連絡をくださったのです。そして、このようにはっきりと自分の意思を伝えたからこそ、その後、お互いに敬意を払い合い、お互いに相手を高め合うような、健全な関係性を築き上げることができたのではないかと考えています。
「敬意」を示すことと、「謙る」ことは全く違う
つまり、自分の意思を伝えたことで、僕はその社長さんに対する「影響力」を増強することができたということ。そして、大企業の社長さんと「対等な関係性」をつくった僕に対して、多くの方々が一目置いてくれるようになったのです。
これって、実は「楽」なことではありません。
はっきり言って、「影響力」の強い人物に対して、完全に謙(へりくだ)った関係性をつくるほうが「楽」です。しかし、「敬意」を示すことと、無闇と「謙る」ことは全く違います。「謙る」ばかりでは、僕自身の「影響力」を強めることはできません。どんなに立派な人に対しても、「対等」であることを一貫して示すのは、気力と体力を激しく消耗することではありますが、それが僕という人間を鍛え上げることであり、僕の「影響力」を最大化する道なのだと思っています。
つまり、「偉い人」と付き合うために、三流は「ペコペコ」し、二流は「敬意」を示す。そして、一流は、人間として「対等」であることを示すのだと思うのです(この記事は、『影響力の魔法』の一部を抜粋・編集したものです)。