SmartHRの一番最初の契約書を先日見返したら、やはり、M&Aでは没収するかたちになっていましたが、作った当時の私はそれがいいか悪いか、あまり気にしていませんでした。ひな形であれば外れが少ないだろう。スタートアップに強い弁護士事務所のサイトから持ってきたんだから、おおむね問題ないだろうと考えてのことでしたが、今はそれが大きな問題だったと思っています。

こうした慣習はかなり強烈に変える必要があるでしょう。昨年私たちは「KIQS(キックス)」、スタートアップのための「税制適格ストックオプション」契約書ひな型キットを公開しました。このKIQSは、スタートアップの慣習を変えるためのツールのひとつとして用意したものです。

KIQSでは、退職してもSOは失効しないように選べます。またM&Aでも没収されることはないように選択できます。また、ベスティングのタイミングは入社日起算となっています。このひな形を、当たり前のものとしてみんなが使っていくようになれば、少なくとも「あまり考えずに、なんとなく外れがないひな形を探していた」という層の契約書は変えることができると考えています。

そういう会社が増えていくと、みんながきちんとSOについて考えるようになり、採用の競争力にも直結していきます。退職したら失効、ベスティングがIPO起算の会社と、退職しても失効せず、ベスティングが入社日起算の会社があったら、どちらがエンジニアにとって魅力的かと言えば、確実に後者です。

KIQSを使う会社が増えることで、あえて退職でSOを失効としていた会社も、新しいひな形に近づけざるを得なくなっていく。すると株式報酬がより報酬として機能して、スタートアップ業界の中で人材の循環が起こるだけでなく、他の業界からも優秀な人材をたくさん呼び込めるように変わるのではないでしょうか。

さらに、スタートアップ側が変わるだけでなく、証券会社や証券代行を行う信託銀行など、SOに関連するさまざまな業界の人たちが変わってくれれば、大変うれしく思います。

──株式報酬の専門チームが作れない会社でもSO制度を活用できるようにするためには何が必要でしょうか。

「株式報酬にまつわるオペレーションが重い」という課題についても、解消できればと考えています。特にIPO後にSOを行使できるようになった会社では、行使の申請や株式売却の申請業務が事務局に集中します。その業務の話を聞けば聞くほど、「経験の浅い人たちがさばくのは無理だな」と感じます。本来、メルカリやラクスルが行っているように会社がサポートした方がいいことも、ほとんどの会社ができないでいます。